錚吾労働法

九三回 使用者の概念の拡張②
 労基法10条は、「労基法上の使用者」を「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう」としている。「土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体またはその準備の事業」(労基法別表第1の3号)が「数次請負」でなされるときには、「災害補償」に関しては、「元請負人を使用者とみなす」ことになっている(労基法87条)。請負が数次にわたるときには、一般的にいって、下に行けば行くほど資金力も脆弱となる。従って、労働者が労働災害に被災したとき、その「災害補償力」もまた脆弱となるか、無いに等しいこととなる。別表第1の3号の事業は、いずれも「危険を伴う事業」である。このような事業の数次下請けは、「危険の順次下まわし」となる可能性が大となるのに、保障力は小さくなる。
 かかる場合に、災害補償の主体をどこにすべきかという労働契約の次元を超越した立法政策が論定されなければならない。災害補償の主体としては、「元請負人」が適当とされたのである。もっとも、立法政策の在り方としては「発注者」にするとか、「発注者」プラス「元請負人」にするとか、あるいは「元請負人」以下の「全請負人」にするとかの選択肢がありうる。ただ、現行法は、「元請け人が書面による契約で下請負人に補償を引き受けさせた場合」には、「下請負人も使用者」とするとしており(労基法87条2項)、それ以下の請負人を使用者とはなし得ないとしている。これは、立法者が、数次請負業者には殆ど補償力がないと判断したためである。
 労働者派遣に関しては、「みなし使用者」の規制があるので注意を要する。派遣元事業者とともに派遣先事業者も派遣就業労働者の使用者とみなされることとなるのは、次の事柄に関してである(派遣法44条1項)。
 「均等待遇」(労基法3条)
 「強制労働の禁止」(労基法5条)
 「徒弟の弊害排除」(労基法69条)
 次に、派遣先事業者のみを派遣就業労働者の使用者とみなすとする。かかる扱いをされるのは、次のことがらについてである。
 「労働時間」(労基法32条)
 「1カ月単位の変形労働時間」(労基法32条の2の1項)
 「フレックスタイム」(労基法32条の3)
 「1年単位の変形労働時間」(労基法32条の4の1項ないし3項)
 「災害等の臨時の必要がある場合の時間外労働など」(労基法33条)
 「休憩」(労基法34条)
 「休日」(労基法35条)
 「時間外労働及び休日労働」(労基法36条1項)
 「公衆の不便回避等の必要な限りでの労働時間及び休憩の特例」(労基法40条)
 「労働時間等に関する規定の適用除外」(労基法41条)
 「年少者の労働時間および休日」(労基法60条)
 「年少者の深夜業」(労基法61条)
 「年少者の危険有害業務の制限」(労基法62条)
 「年少者の坑内労働の禁止」(労基法63条)
 「妊婦等の坑内業務の就業制限」(労基法64条の2)
 「妊産婦の危険有害業務の就業制限」(労基法64条の3)
 「妊産婦の労働時間等の制限」(労基法66条)
 「育児時間と育児時間中の使用禁止」(労基法67条)
 「生理日の就業が著しく困難な女性の就業禁止」(労基法68条)
 この「みなし規定」は、実際の労働場所(派遣先事業所)での労働基準法違犯を捕捉するためのものである、派遣先事業者の雇用する労働者ではないとの「言い逃れ」を封じようとするものである。