錚吾労働法

二〇七回 無期労働契約と有期労働契約②
 労働契約の期間の定めは、労働者がその使用者に対して負うこととなる労働する義務の継続する期間であるので、重要な労働条件といわねばならない。労働契約の期間の長短は、労働する労働者が正規か非正規かには関係がない。労働する義務は、契約論の原則的な思考に従えば、労働契約の当事者により形成されるものである。労働は、強制され得るものではない。労働する義務は、任意に形成され、任意に履行されるべきものである。いつから労働するか、労働の開始時刻、1日、1週、1月、1年の労働時間数について、労働契約当事者は合意することになる。引き受けるべき仕事の種類が約定されるか、または使用者の指示によってその種類が特定されるということについて、当事者間の合意を要する。労働する義務の任意性とは、このようなことをいう。
 職員の無期労働契約と職工の有期労働契約が区別の元々の出発点であったから、労働関係が極端な学歴主義に依存したまま推移してきたのだが、国民の高学歴化により、無期と有期の区別は相対化の運命を辿らざるを得ないのである。また、高学歴社会の労働者の国内・国際移動の活発化や賃金の再構成(年功賃金主義の妥当性への疑問)などの諸問題、派遣業解禁への反省(特に登録派遣の肥大と非正規労働者の急激な増大)と新たな立法政策の必要性という応急に対処すべき諸問題が、労働政策的課題として急浮上してきている。労働者人口の減少と技術水準の維持は、定年年齢の引き上げまたは定年制の廃止または禁止、育児・保育施設の充実などの施策により追求されるべきであろう。また、配置転換・出向が可能な労働者と不可能な労働者の区別とその間の相互移行の余地を考慮する労務管理なども、考えねばならないことである。
 労働契約を無期契約とするか、それとも有期契約とするかは、基本的に労働契約の当事者が定めるべき任意な事項である。労働者にも使用者にも、どちらをの労働契約とするかについて選択の自由がある。働き方の多様性と選択の自由との関係は、多様性の拡大に伴って選択の自由もまた拡大するという関係である。働き方の多様性とその拡大は、今後の労働契約論の中心的な課題となると思われる。使用者による指揮命令に従うばかりの労働のイメージは、人間にとって最も重要な生活手段たる労働契約が剛構造的な労働関係を創出し、柔構造的な労働関係を創出しなかったという事実にまとわりついていたことであった。
 鳶の親方が手子を連れて高層建築物の建設現場に行って、リベット打ちを行なうような場合、親方は施主と建築請負契約を結んだ建設会社から声を掛けられたのである。リベット打ちの終了までに3年を要するとしよう。親方は手子を3年間雇用するのである。鳶の親方は、建設会社との間にリベット打ちの請負契約を締結している。その仕事の完成のために3年を要する場合に、親方は手子との間に3年の期間の定めのある労働契約を結ぶのである。有期労働契約が締結される典型例は、このような場合に見ることができる。棟梁と大工の間の労働契約の場合でも、このよなことが有り得る。5年かけてトンネルや隧道を掘削するし完成させるような場合、この工事限定で労働者を雇うことがある。この場合も、有期労働契約が締結される。
 労働が肉体労働を中心としていた時代には、労働契約の期間が長いと体にも、健康にも好ましくない影響があったし、また労働者を不当に拘束するようなこともあった。だから、有期労働契約については、期間の上限を定めて、労働者を保護する政策が採用されたのだった。その上限の期間が、1年、3年、5年という具合に変遷してきたのは、技術の進歩が肉体労働の過酷さを軽減したこと、職場環境の技術的な改善により労働現場の安全性が向上したこと、労働者の不当な拘束の事例が殆ど無くなっていることなどの諸事情の関係していることである。
 他方、危険有害な職場は、技術の向上とともに増加もするのである。原子力発電業務は、定期的かつ確実な労働者の交替や配置替えを必要とするであろ。無期の労働契約であっても、特定の場所での労働を比較的短期間に制限する立法政策が求められることもある。ひとは、これを労働場所の期間制限ということができる。従って、労働の期間制限は、無期の労働契約の場合にも考えられるべき課題である。