錚吾労働法

二〇二回 労働契約と期間④
 「みなし」規定を入れてしまった以上、労働者も使用者も、「みなし」が効果を発揮するよう、あるいは発揮しないよう工夫を講ずることとなるだろう。労働者保護を徹底したつもりがそうならないというのが、一番こまるのである。あまりにも長期のデフレによる企業体力の減衰が、有期労働契約を増加させ、非正規労働者を激増させてきた。エコポイント制度も環境減税も、また派遣業解禁もまた、企業に体力を復元させることは出来なかった。J党政権もM党政権も、産業界を減衰から立ちなおさせることが出来なかった。経営者は、安易に走って、技術研究開発投資額を抑えて小粒化した。しかし、言いたくはないが、若者が勉強しなくなったし、勤労意欲を低下させてきた。だから、現状がある。
 そして、労働市場は、狭小化してきたのである。派遣業を解禁して、派遣労働者の活用を薦めたのは、どの役所だったのか。解禁が、企業を安易に走らせてしまった。そして、形式的には有期短期間雇用であっても、連続的更新した契約関係は連鎖労働契約とされ、期間の定めのない契約と同視してよいとか、真のまたは実質的な使用者は派遣労働者の受け手たる企業であるという実態論は、裁判所がしてきたことであった。しかし、その裁判所と言えども、派遣ではない期間の定めのない直接雇用の「黙示の意思表示」を使用者側に認定することには、極めて慎重であり続けてきたのである。要件を充足せねばならないにせよ、「みなし」は、一挙にこの壁を突破してしまう果断な妙手として考案されたに違いない。しかも、通算期間の計算は、法所定の空白期間を除去して通算すると言うのであり、使用者の雇用意欲をそいでしまう可能性もあろう。リステイトメントの域を、優に越えてしまった。
 要件を充足した労働者が請求すれば、使用者に諾否の自由はないのだから、翌日には期間の定めのない労働契約関係が発効することになる。有期の上限たる5年契約の場合には、5年経過の翌日には、労働関係は存在しなくなる。使用者は、このことから生ずるであろう不満と紛争を遠くない将来の出来ごととして、覚悟しておくべきである。将来の労働者は、自覚的に自己投資して、自分の労働力・能力開発に務めるべきである。スキルアップ、キャリアアップに熱心な労働者が、各種教育機関での学習を労働とを両立させるために、有期の短時間労働契約を選択し、有給休暇権の行使にも熱心だという場合もある。このようにして対世的に自己を承認させようとする労働者は、自己の能力と処遇に関して差別化を求めているので、転職に躊躇がないのである。一口に労働者といっても、一様ではないのである。形式的には労働契約であっても、実質的には企業内の事業者であるような、企業に対して独立度の高い仕事の仕方も、登場しつつある。今回の法改正とは別のことだが、この変化も頭に入れておかねばならない。
 司令塔を日本に残し、工場を海外で稼働させ、グローバルに売っていくような企業も増加するだろう。エネルギーコストの上昇は、この動きを加速させるかもしれない。日本の企業環境は、変化を免れない。こうした中での法改正であるから、厚生労働省か書いている改正の解説を馬鹿正直に受け取る労働者も使用者もそう多くはいないであろう。これから先、何が起こるのか。正規労働者数は、もっと減少するだろう。学卒者の就職の困難度の上昇と、非正規労働者としての就職の増加は避けられない。解雇をめぐっての労働紛争は、却って増加するだろう。均衡原則との関係で、退職金支給の最短労働期間条項が5年に向けて徐々に改正されることにもなるだろう。「みなし」で6年目から無期間労働契約になるのだから、これに合わせて、全無期間労働者も6年を満了してから退職金が支給されるように就業規則が改正される可能性もある。就業規則変更に関する規定に変更はなくとも、この可能性を否定することはできないであろう。
短期の有期労働契約の期間中の解雇は、抑制されねばならず、また、解雇を客観的に合理的な理由がなく社会的に相当でないとされる可能性がある場合は無効とすとされているが、それでも解雇の事例は増加するに相違ない。「みなす」というような労働契約関係に激変をもたらすような変更を実施するに際しては、社会に対する十分な事前の説明がなされねばならない。少なくとも、使用者団体、労働組合などの関係団体には、何度も説明する機会が設けられねばならなかった。議会の先生方も、選挙が近いからなのか、真剣に議論した風でもない。日本が働きやすく、失業者が少なく、労働者が家族共々幸福になる社会になるのであれば、、また予兆できるのであれば、こんなゴタゴタしたことを記述することはない。