錚吾労働法

二〇五回 労働契約②キャリア
 労働契約の締結は、キャリアの観点から言えば、原則としてキャリア積み上げのスタート、開始であると言ってよい。しかし、労働者のキャリアは、基本的には使用者の指揮命令に従いつつ、使用者のために積み上げられるものであり、その積み上げ実績の人事評価に基づく処遇が伴うものである。企業サイドから観察すれば、キャリアとはそのようなものである。他方、人は、職業選択の自由があり、選択した職業を自己の仕事として経験し、向上させる権利を有している。これは、人の行う職業行為が自営的なものであれば、極めて当然の事柄である。芸術的な営為のほとんど総ては、芸術家の自己表現の自由の行使、自己表現の権利の行使であって、その妨害者に対して排除を請求することが出来る権利でもある。労働契約を締結したばかりの労働者にこれと同じように法的に保護されてしかるべき「キャリア積み上げ開始の自由」が帰属するかどうかは、おおいに怪しいことであり、「キャリア積み上げの権利」が帰属するとは言えないであろう。次のことについては、異論はないはずである。職業選択の自由が各人に帰属していることやその行使を妨げられないことは、しごく当たり前のこととして承認されている。獲得した自己の職業を自由に発展させる自由も権利も、営業の自由や表現の自由あるいは信仰の自由の行使として認められている。自己の支配領域内の自己表現としての職業的キャリアは、自足的かつ閉鎖的な空間での自己満足で終わるときには、そのキャリアには、他との交渉が存在しないから、外部評価にさらされることもない。このことは、当たり前のことである。
 しかし、ここで問題とするキャリアは、自己の支配領域には属さない他人の支配領域内での他人の財産権に関わりながら、他人の評価に服するキャリアである。この意味でのキャリアは、長年にわたって形成された企業内年功秩序の内部においては、年功的なキャリアすなわち主として勤務年数を主たる形成因子としているキャリアである。ごく一般的に言うと、この種のキャリアは、企業内でのみ通用するキャリアであって、その他の同業企業にも横断的に通用するキャリアとは言えないものである。A社のキャリアをB社でどう評価するかという問題はあるにせよ、A社からB社に移動すれば、当該労働者のキャリアは、原則として、最初から形成し直さねばならないのである。年功的なキャリアは、職業的なキャリアとは、同じではない。「あなたの仕事は何か」と問われたときに、年功的なキャリアが頭にある者は勤務する会社名をもって応答するだろうし、職業的なキャリアが頭にある者は職業名をもって応答するであろう。職業的キャリア観が明確な労働契約であれば、自己の選択する、しかし他人の支配領域内に存在する職業に特定的に就労するという使用者と労働者との間に合意が存在することとなるであろう。
 労働の期間、つまり何年の間労働しているか、何年の間労働したかというのを、キャリアと言う場合もある。何年のキャリアという場合が、これに当たる。非正規雇用の場合のキャリアは、主として雇用期間の長短によって計られることが多いであろう。何年のキャリアがあるかと問われるような場合である。この場合には、年功型の労働関係におけるキャリア・パスが語られることがある。期間雇用の場合における同様の発問は、期間雇用の期間の定めのない雇用関係への転換が語られたり、あるいは期間労働者正規雇用化政策が語られるときにも存在する。キャリアは、期間のみによって図られるものではないにしろ、それがキャリア形成の基本的な要素となっている。キャリア云々と言っても、その評価が抜け落ちるようでは、ほとんど意味のない言葉遊びとなってしまう。だから、キャリア評価をどのようにして行うかという問題とキャリア評価をどのように労働者の処遇に結びつけるかという問題をきちんと実行することが必要なのである。
 特定の使用者の下での労働の期間の長さをもって、解雇後の採用に関して先任権の順位を決定するという仕方を考えても良いだろう。アメリカでは当たり前の先任権のシステムは、解雇の自由が確保されているからこそのシステムだということを知っていなければならない。わが国においては、解雇の不自由が確保されているので、同じようにはいかないだろう。派遣社員のキャリアを派遣会社が考慮するとき、そのキャリアは単に派遣実績、派遣期間、派遣先での評価などを考慮し、その他の派遣社員に対して優先的に派遣する、あるいは劣後的に派遣する、あるいは派遣しないというようなことに結びつくこととなろう。派遣先会社は、派遣労働者のキャリアを指揮命令権が派遣先会社に帰属する限りにおいて評価することが出来るだろう。紹介派遣の場合には、派遣先は、派遣労働者の本採用を考慮しているわけであるから、派遣労働者の派遣元社員としてのキャリア以外のキャリアをも当然に考慮し、評価するだろう。
 しかし、キャリアをば、使用者がどのように評価するべきかという問題と、労働者が形成してきたキャリアを根拠として労働者ガ何事かを使用者に対して請求することが出来るかという問題は、同じではない。この同じでない問題を整然と区別して認識しておかないと、有期労働契約の無期労働契約への転換問題をまともに取り扱うことが出来なくなってしまうにちがいない。この問題は、有期労働契約の更新拒否事例において、何故自分があの労働者と相違して更新されないのか、更新されない合理的理由の開示をもとめるとか、更新しないことか使用者の更新しない権利または自由の濫用に該当するのではないかという問題が提起されるであろうことが予測されるという問題である。この問題が実際に発生すれば、それぞれが攻撃防御を尽くさねばならないが、使用者と労働者の視点は同じではないのである。ここで問題にしているのは、「みなし」規定が適用され、または適用されないことに関わる攻防なのである。