錚吾労働法

二五回 派遣ーその4黙示の意思表示による契約成立
 派遣法による派遣が行われる場合、派遣の開始から終了までの期間が契約回数を積算すると長くなっていることがあります。この場合の紛争は、派遣先会社が派遣契約を解除したのに、派遣労働者が、派遣労働者と派遣先会社との間に黙示の意思表示による労働関係が成立していたと派遣労働者が主張するときに生ずることになります。
 労働契約を締結することにより、労働関係は成立します。これは、常識的なことでしょう。労働関係は継続的な関係ですから、使用者も労働者も契約の締結には慎重であらねばならず、内定や試用期間が設けられているのです。だから、労働者に上のように主張されると、派遣先会社は、驚くでしょう。派遣法40条の3ないし40条の5の規定も、意思表示主義を前提にしています。
 派遣先会社は、上の派遣法の定めの要件に従って、雇い入れるよう努めたり、雇用契約の申込をしなければならない立場になるのです。しかし、ここでの問題は、派遣先会社が黙って雇用契約の申込をし、派遣労働者も黙って申込に承諾したということがありうることかという問題なのです。
 その昔サヴィニーという大民事法学者が、黙示の意思表示という題名の名書を著しました。彼の問題意識は、地域により、慣行により契約書を作らなくても契約が締結されたと評価できる場合があるのではないかということでした。二人の人間が完全に沈黙しているときに、契約が成立したということはできないでしょう。しかし、市場の仲買人が挙手すれば、買いの意思表示をしたことになり、場立人が机を叩けば売買が成立したことになります。言語や文書による意思表示ならば、契約の成立の立証は容易です。しかし、挙手や叩机という動作でも、意思の表示力はあるのです。
 弁護士が構成上の知恵として労働契約の黙示の意思表示による成立と言っても、文書や言語による意思表示はなかったが、何らかの動作などがあって、その意思表示力は文書と同様かそれに近いものがあることを言わないのであれば、またそのように理解することが松山地方では承認されていることを立証しないのであれば、空理空論となるのです(伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件・松山地裁判決を参考して下さい)。まったく成り立たない論だとまでは言いませんが、認められる余地は狭いと言うべきでしょう。
 上のように考えますが、派遣労働者の経済的・社会的地位の向上は、きわめて重要な問題です。また、その法的な保護をどのように実現すべきかなど、派遣法の見直しを含め、さらに検討すべきでしょう。