錚吾労働法

七五回 原子炉事故と労働⑧
 ひび割れがあったとか、水漏れがあったとか、水量計の取り付けに間違いがあったのでナトリウム漏れがあったとか、作業員の間違いから臨海に達してしまったというような、隠してはおけない事故ばかりでなく、所内処理で済ませてしまったために報道すらされない事故もあったかもしれない。福島原発事故も、地震という特別な事情があったにせよ、様々な事故の延長戦上にあるのではないか。
 原子炉の電源喪失は、津波によって生じたのではなくて、地震によって送電線鉄塔が倒壊したために生じたというのは、本当だろうか。兎にも角にも、真実を知りたい。金づちや鉋でも危険であるのに、何故に原子炉は安全だと言い張ってきたのか。技術的に高度であればあるほど、それだけ益々危険度も高まる。これは、技術論の常識であって、技術者ならばだれであれ、この常識を持っている。
 東大の連中には、本当にガッカリした。原発建設の推進と原子炉の安全性の問題は、政治的決定と技術的評価の問題であって、本来は同じ問題ではない。学者は、安全性と技術的評価の問題で仕事をすべきであって、政治的決定や原発推進の問題では素人だと心得るべきである。彼らは、政治的決定の渦中に身を置きすぎていた。実際に起こっていることが自己否定であったから、いや安全だ、安全性が保たれている、海中投棄してもすぐに希釈されるから大丈夫などと、自己保身的発言に終始する無様な姿をさらすことになったのだ。
 労働者達は、こんな連中のために苦闘しているのではない。科学に想定外などということが、有るのだろうか。専門分野の如何を問わず、「先代旧事本紀」、「日本書紀」、「古事記」、「続日本紀」、「日本後記」などの古文書を読みなさい。日本人の宇宙観と自然観、災害記録、天文学にとって、有益な記事が沢山書いてあるでしょ。何時、どこで、どんな地震があって、津波があったか。ちゃんと、書いてあるでしょ。超新星の爆発だって、記録されてんだよ。「想定外」などと言ったら、「教養外」ということになる。役人の皆さんも、同じですよ。
 5日に1号機の原子炉建屋に労働者が入ったというニュースを、新幹線の車内ニュースで知った。そのために、書いておこうと思って書きはじめたが、安全であること以外は「想定外」というのでは、労働者に申し訳なくはないのか。「建屋内の状況」、特に「放射線量」、「作業時間」、「作業員の人数」、「人命救助の緊急事態のための要員の人数」、「換気装置の有効性」、特に「1時間ごとの放射線量の変化」などは、「東電・安全院チーム」が国民に対して確実に毎日報告するようにされたい。
 少なくとも、これ位のことがなされないと、労働者を守ることが出来ないであろう。最も危険な労働に対しては、これまでの発想では説明しえないくらいの、「安全配慮」があってしかるべきである。国は、これらの労働者が、東電、福島県などのみならず、国のためにも労働していることを考慮しなければならない。早急な立法も、必要ではないのか。しれっとして「ご苦労さん」では、駄目だな。「労働組合」は、このためには大いに発言して下さい。
 「浜岡原発」などの原発を有する電力会社、国、県その他の自治体は、今回のことを教訓として、装備の充実を早急に行うこと。「緊急対応労働」のための「研修」、「実地訓練」、「住民を含めた避難誘導」などを年間2回はしたらどうか。「図上訓練」も、実施すべきである。これら「訓練の主体」は、「国([原子力委員会」や「原子力安全・保安院」の改組も早急に検討すること)」とするのでなければならない。
 ここで言っているのは、「労安衛法」のレベルのことではないので、誤解しないでいただきたい。「緊急対応訓練」とでも名付ければ、よかろう。実働的かつ機動的な内容の訓練であるから、「緊急対応訓練本部」は、それぞれ「原発所在地」とし、「本部長」は、「首相」の指揮には服するが、「防衛省大臣」とすることが望ましい。事故があれば、「緊急対応訓練本部」は、自動的に、「緊急対応本部」となる。実働重視でなければならないからである。自衛隊の原子炉事故対策のための装備は、格段に強化されるべきである。放射線防御された中小大の車両を配備されたい。1人乗りの小型車があれば、原子炉建屋への立ち入りは、もっと安全に行えるようになる。無論、電力会社も、それらを装備すべきである。
 法律改正しましたで済ましてはならない。実際に必要な装備が完備されなければ、意味がない。JCO臨界事故で法律制定したと言っても、今回の事故では、ほとんど役立たなかった。労働者や住民を守るためには、どうすべきか。真剣な議論を期待したい。