錚吾労働法

八六回 使用者概念の拡張①
 「労働委員会」と「裁判所」は、その担うべき任務と機能とが異なっている。この両者の任務と機能が異なっているのに、労働委員会も裁判所もそのことに思いをいたさなくなりつつある。その現実を露わにしつつあるのが、「使用者概念の拡張」、使用者側からすれば「労働者概念の拡張」という問題である。
 労組法7条2項は、「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと」を団交拒否の不当労働行為としている。ここでは、使用者は労働者を「雇用する」者として描かれている。
 この「使用者が雇用する」という意味は、使用者と労働者とが雇用契約を締結して、労働者が使用者の指揮下にあるということを表現するものである。解雇を巡る団体交渉は、団体交渉の結果として解雇の撤回ということまあるので、解雇もまた労働条件の範疇に含まれる。従って、過去の雇用関係も「雇用する」の範疇に含まれる。
 ここで立ち止まって考えねばならぬのは、軽々に雇用契約関係にない企業をお前は使用者に当たるから、労働者の代表者と団体交渉せよと言ってはならないということである。単に親会社だからとか、資本関係があるとか、役員が派遣されているからとかの形式な理由でもって、親会社に団体交渉を命じてはならない。            「使用者が雇用する労働者」という文言は、それ自体、重いものだというべきである。形式上は使用者でない会社を、その会社が問題の労働者を雇用していないのにも関わらず、その労働者を代表する者との団体交渉の相手だとするためには、労働委員会がそのように裁量行使するのを正当化するだけの根拠が必要となる。
 労働委員会は、不当労働行為を是正するための「広範な裁量権」を与えられている。広範な裁量権を付与されているからと言っても、何でも出来るわけではない。こうしたというだけでは不足で、こうこうこういう理由でこうしたと言わなければならない。その理由は、一言でもって言えば、「あんたは形式的には使用者じゃないけれども、実質的に使用者だからさあ、団体交渉しなさいよ」ということに尽きるんだよ。
 しかし、実質的に使用者じゃないかなと思っても、形式上の使用者との団体交渉でもって充分だと判断できるのであれば、相手を間違えていると言えばよろしい。形式上の使用者との団体交渉が最早これ以上団体交渉しても得るところがないという程度にまで至っており、団体交渉を尽くしたと言えるときに、他企業にさらに団体交渉を命令することには労働委員会は慎重であるべきである。
 団体交渉義務の安易な拡張は、団体交渉義務の拡散にも通ずることになるので、よくよくの場合にのみなされ得ることだと考えるのが至当だろう。だから、団体交渉に関して、形式的な使用者の外に実質的な使用者と目されるべき者が存在しており、かつ形式上の使用者が実質的な使用者と目されるべき者の指揮下にあって、単独では問題解決能力が無く、実質的な使用者であると労働委員会の目に映っている者に団体交渉を命令すれば、問題が解決される可能性があるのではないかという目算が存在しなければならない。
 団体交渉に応ずべき使用者を拡張するときに、労働組合が少なくとも二つの企業を相手に同時に団体交渉を行うことができることになるようでは困るのではないか。労働委員会の団体交渉命令は、この点をしっかりしておかないと、締りのないものになってしまうだろう。団体交渉がうまくいかなかったら、再び元に戻ってというようなことでも宜しくないのではないのか。未だ検討されていないこれらの問題を
念頭に置いて、労働委員会は仕事をすべきなのである。
 こうこうこういうことがあれば他の会社に団体交渉を命じてもよいのではないかという指標が種々言われているが、ここでは、そんなことはどうでもよい。そこに至る前段階の理屈をしっかりさせておくべきだと言いたいのである。