錚吾労働法

一〇二回 中央労働委員会
 「労働委員会制度」は、「地労委事務」が「自治事務」となって、それまでの「国の機関委任事務」ではなくなったが、「中労委」は引き続き「国の事務の執行機関」たることにいささかの変化もなかったことによって、複雑微妙なものとなった。地労委事務が委任事務であったときには、「国と地方の関係」は純然たる「上下関係」にあったのであり、中労委も地労委も国の事務を行う点で、共通のホりズン上にあった。「共通性を保持した上下関係」は、「中労委」の「再審査制度」の理論的な根拠を提供するものであった。
 この点では、すべての「最高裁」を頂点とするすべての「裁判所」が「国の司法事務」をおこない、「三審制」を維持していることに近似する組織的構造を有していたといってよいであろう。「自治事務を行う都道府県労委」と「国の事務を行うと中労委」との間には、本質論理的には「連絡性」が無くなっても、何ら不思議ではない。それにも関わらず連絡性を保っているのは、「中労委は再審査するものだと言う常識」と自治事務化に伴ってなされねばならなかった「労組法の改正の不作為」とによってである。
 仏作って魂入れずではなく、つまりそこまでは至っておらず、未完成の仏に魂入らずという状態なのである。果たして、自治事務化は成功したのか。中労委はともかく、都道府県労委には「独立」したと思ったら、どっかの国の「自治区」みたいで不愉快だという者がいるのである。こんな風になったのは、自治事務化が「上から」なされた結果だというほかないだろう。「本気の自治事務化」ではなかったのではなかったか。
 「本気の自治事務化」が下からの圧力でなされたのであれば、中労委は、公務員制度改革との兼ね合いでいえば、人事院を吸収するなりして、より広大な管轄領域を確保する道を構想したかもしれない。中労委は、これからの先の改革で、未だ手つかずの「道州制」の目論見に自らをどのように位置づけるべきかをも、考慮しなければならないであろう。つまり、様々な改革構想を読めば読むほど、中労委の立ち位置が、漠としたものに思えてしまうのである。ここら辺りが、労組法改正の不作為の秘密があるのではないのかな。
 「中労委」と「都道府県労委」の関係をどのように構想すべきかという難問を考慮するときに、多分、「自治事務化」は失敗だったのではないかという論が登場してきても不思議ではない。「地労委」を「中労委地方事務所」に吸収すれば、すべての事務が国の事務となって、再審査を中労委の事務とすることに、何の理論的な障碍があるわけではないからである。自治事務を中心視座に据えて考えていくのであれば、中労委を国から離婚させた上で再審査機関として位置づければよいだろう。ただし、その場合には、中労委事務もまた自治事務となることを承認せねばならない。
 こんなわけで、労働委員会制度は、いまや盤石ではなくなっているので、理論的に面白い領域になっているのです。こういうことは、教科書には書いてありませんので、各自において考えて下さい。