錚吾労働法

一二〇回 労災被災者の能力低下を理由とする解雇
 業務に起因し、業務の遂行中に怪我をしたり、疾病に罹患することを、「労働災害」または「労災」言います。機械にはさまれて、手足を切断したと言う場合が、典型的な「労災」です。「労災」に関しては、もっと後で詳しく解説するので、ここではこれ以上は述べません。ここでの問題は、「労災」の治療が終了して職場復帰した労働者の労働能力が被災前よりも低くなってしまったことを解雇理由とすることが出来るかということです。例えば、大工が治療後に釘を打ち込むことが出来ないとか、鉋をかけることが出来ないような状態になって、かつそれが固定された状態であるという場合を考えてください。工務店は、この大工を解雇することができますか。何の解決能力もないのにその場限りで、「そんなことをする会社は「このワシ」が許さん」と言うひとがいます。このワシか空を飛んでいるあのワシか知りませんが、頭に血が上るとこんなことをついつい発言してしまって、後で奥さんに叱られるんだな。
 先ずは、私傷病による解雇の場合を考えてみよう。キャンプ場で転落して頸椎を損傷して機能傷害が残ってしまったために、自動車組立工としての能力を失った労働者の解雇は有効であるとされている(日野自動車事件・東京高判昭52.11.22)。一般論としていえば、労働契約は、労働力供給契約であるから、労働者自身の行為によって労働力の供給が出来ないとか、あるいは所定の労働力の供給が出来ないのであれば、「債務の本旨に従った履行」(民法415条)が出来ない状態にあり、「債務不履行」となるので、「その他に事情」がなければ、使用者は労働者を解雇することができる。使用者の労働者に対する「損害賠償請求」は、理屈はさておき、事実上出来ないであろう。
 労災被災は、上に言う「その他の事情」である。業務の遂行中に、業務が原因となって労働災害に被災した者の解雇が易々と正当化されて良いはずはない。こんなことは、深く考える必要もない常識的な事柄である。それ故に、労基法は労災被災労働者の解雇について制約を課しているわけである(労基法19条、81条)。したがって、この制約を無視する解雇は、「公序」違反(民法90条)となり、法的効力を拒絶されることとなる。
 では、法律所定の解雇制限規定を順守した使用者が、労災被債労働者に解雇する旨の意思表示をした場合に、その意思表示は法的効力を承認されるのであろうか。これでやっと本題に戻ってきたな。解雇が出来るかどうか(と使用者の安全配慮義務違反に対する責任追及が可能かどうかとが、症状固定(治療の終了)後の二大問題となります)を考えてみましょう。「労働能力全失」の場合、「労働能力一部喪失」の場合を区別すべきでしょう。「労働能力全失」の場合、患者の容体は様々であると思いますが、「労災保険法」の給付で面倒を見て差しあげることになるので、解雇は止むを得ないこととなるでしょう。
 「労働能力の一部喪失」の場合、以前よりも軽易な作業をしてもらうことが出来るのであれば、解雇するまでのことはないでしょう。上記の「日野自動車事件」では、この点に触れながらも、解雇可能であるとしました。身体障害者の雇用が雇用政策の重要な柱となっている(障害者雇用促進法)ことに鑑みれば、働くことができる労働者を雇用し続けることには、重要な意義がある。ドイツの役所や会社の受付部署では、車いすの労働者がテキパキと訪問者に応接している。わが国で出来ないなんてことはない。裁判所の判断も安易だな。障害者の自立、特に労災で障害者となった者の自立には、会社の意識改革を促す必要がある。そう簡単に、解雇可能とは言いたくないね。