錚吾労働法

一二一回 住所の虚偽申告を理由とする解雇
 大部分の人は、一か所に居を構え、そこで幸福に生活しています。しかし、一か所でなく数か所に居を構えざるを得ない不幸な人もいます。だから、表題のような解雇の事例は、一か所に居を構えているにも関わらず、何らかの理由で住民登録してある住所とは関係のない住所を会社に申告している者についての事例でしょう。知人の弁護士で放浪が趣味だという人がいます。その放浪の状況をパソコンで実況中継もしています。一昔前なら、完全に不審者で、挙動不審であるから、あんたは何してるのなどと警察官に問い詰められたに違いない。本人は、将来は白骨死体になって果てるのだと申しております。
 この弁護士は、幸いなことに労働者ではないから解雇されるなんてことは絶対にない。移動しているから、住民登録してある町には住んでいない。時たまそこを覗いては、またどっかに行ってしまう。この人が労働者だったら、確かに会社はこまるだろう。住所を虚偽申告しているわけではないが、どこに住んでいるのやらさっぱり分からないという労働者だっているかも知れない。行方不明な独居老人が多数いて、大問題になった。住所不明の労働者が多数いる会社なんてのは、日本には、存在しえない。ロマの季節労働者にあんたの住所はなどと尋ねる使用者は、ヨーロッパにはいないだろう。季節になればやって来るのは代々のことで、働いてくれればそれでよいからである。
 日本では、少し変わっている弁護士のようなのは、例外である。労働者なのに住所が判らないのは、考えられないのである。労働者による住所の虚偽申告は、交通費を不正受給しようという良からぬ意図があってのことであろうか、それとも住所を変更したにも関わらず、会社への申告を怠っていたのであろうか。会社の近くに引っ越していて、以前の遠方の住所のままにしておいても、交通費の不正受給という意図を疑われることになるだろう。その場合、社内では解雇もやむを得ないとされるであろう。継続的信頼関係たる性格を有する労働契約関係の基礎を壊すような行為は、なされてはならない。
 セントラルフィルター工業事件(東京地判平3.10.22)では、住所の虚偽申告、勤務時間中の宗教活動、労基署に対する使用者の違法行為の申告(事実ではなかった)などを理由としてなされた解雇であったが、有効だとされた。この事例ではないが、宗教上の理由による住所の虚偽申告は、あるかも知れない。申告書類の上では親と同居しているかのごとくであるが、実際は、宗教施設で集団生活をしている場合である。そのこと自体は、宗教活動であり、特に会社に損害もないのであれば、解雇はできない。
 住所がどこであれ、徒歩通勤又は自転車通勤であれば、通勤費の不正受給は無いはずである。だから、会社に虚偽を働くとか、あるいは緊急時の呼び出しが出来ないという理由の解雇ならばどうかということであると、首を傾げざるを得ない。注意すれば済むことだからである。これ以外にもいろいろあって、虚偽申告はそのうちのひとつで、こんなにあったんじゃ解雇もやむを得ないなという程度にいたっておれば、解雇は有効だと判断されるでしょう。