錚吾労働法

一三五回 外国で解雇⑥
 ドイツの解雇制限法に従って説明しましょう。解雇制限法1条1項は、「社会的に正当でない」解雇の無効を明言している有名な規定です。客室乗務員の解雇が、経営上止むを得ないとしてなされたとしよう。この場合、航空会社の経営状態が極めて宜しくないとしよう(Lufthansaじゃないよ。あくまで設例だから、誤解してくれるなよ)。この事情によって解雇されたとすると、この解雇は「経営上の原因がある解雇」(
betriebsbedingte Kuendigung)であるから、裁判官は、解雇された労働者にはその他の解雇されなかった労働者と共に引き続き就労することができなかったのかどうか、会社の別の職場での引き続きの就労のチャンスがなかったのかどうか、会社は労働条件(主として賃金)の変更について解雇された労働者と話し合いをしたかどうか、会社と労働組合との間で合意した労働協約に「合理化措置(Rationalosierung)」と「社会プラン(Sozialplan)」の定めがあるかどうかなどを検討すべしということになっている。
 労働裁判所が定立し、この種の解雇事件に役立てられている10の審査項目がある。これを以下簡単に記しておくと、次のようなのじゃよ。
 ① 使用者は、一人またはそれ以上の労働者の就労の可能性を無くする企業家としての決定をあえてしたかどうか。
 ② 上の企業家としての決定へと導いた経営外の原因または経営ないの原因が、実際にあったかどうか。
 ③ 起業家としての決定が、法律、契約に違反し、または濫用に当たるかどうか。
 ④ 経営内および経営外の原因と企業家としての決定と労働場所の喪失との間に因果関係があるかどうか。
 ⑤ 解雇を避けるよりマイルドな措置の可能性を検討したかどうか。
 ⑥ 会社と解雇される労働者の利益を比較検討したかどうか。
 ⑦ 解雇予告期間の経過中に解雇の必要性がなお存続していたかどうか。
 ⑧ 経営上の原因がある解雇が「社会的選択基準」にのっとってなされたかどうか。
 ⑨ 経営上の必要性が、「社会的選択基準」によって正当化されるかどうか。
 ⑩ 経営状況の改善による再雇用の可能性があるかどうか。
 ウーン、ドイツの使用者は、大変だな。ドイツ法を適用して日本で裁判がされる場合、裁判官は、最低これくらいのことを知っておかないといけません。弁護士も、同様です。このほかにも、労働協約による解雇制限の存否、企業家的な決定手続としての経営評議会における説明、解雇の共同決定の存否など検討事項が多々あるのです。①から⑩までの審査項目は、最低これくらいはきちんと調べろということなのです。
 上に言う「社会的選択」という言葉は、どんなことを言っているのかな。「調べてみんしゃい」。「何!ドイツ語が出来ない?しゃあない、説明しとくか」。「社会的選択」とは、解雇者の人選にあたって、使用者が社会的観点を加味した選択を怠っているときには、正当な解雇であるとの主張を許さないという文脈で用いる言葉なんだよ。社会的な保護を要する労働者もいるから、それらの労働者には労働場所を優先的に与えねばならない。それを無視して解雇すべき労働者の選択をしたか、しなかったかが、事後的な司法審査の対象となるんだよ。ドイツで働く程のドイツ語能力があれば、ちょこっと調べれば、この程度はすぐに判るだろうから、自分にとって日本法がいいのか、ドイツ法がいいのかよく判断して、準拠法を使用者と合意しておいて下さい。
 言っときますが、ドイツの解雇制限法は、実質的法としては民法典の定めなども視野に収めて理解されるべきものです。ここでは、ほんのちょっとだけドイツ労働法の香りをかいでちょうだい。