錚吾労働法

一三七回 ヨーロッパ共同体法による解雇規制②
 大量解雇の形式的な手続については、前回で述べた通りです。今回は、大量解雇が許容されるのは、いかなる条件を満たした場合なのかについて書いておきます。ここで言う条件は、大量解雇も有り得ることではあるが、可能な限り回避されるにこしたことはないという要請を満たすための条件という意味です。
 最も重要なものは、事前のコンサルテイションです。コンサルテイションの目的は、解雇を回避し、制約し、労働者に対する影響を軽減することにあります。コンサルテイションに際しては、使用者は、労働者代表に事前に次の諸点について文書をもって通知しなければなりませんよ。
 ① 解雇の原因
 ② 通常の従業員数と作業チーム数
 ③ 被解雇者数と作業チーム数
 ④ 回避等の措置が実行されねばならない期間
 ⑤ 被解雇者の選出のための基準
 ⑥ 補償金の計算方法
 使用者は、上記①ないし⑥について労働者代表とのコンサルテイションの後に、計画中の解雇について権限を有する官庁に文書をもって届け出なければならないんだ。
 使用者が情報提供義務、通知義務を満足に行わないことがあろう。この場合、使用者は、義務の履行が十分ではなかったという主張に抗することができなくなる、ということになっているんだ。だから、木で鼻をくくったような文書通知や説明じゃあダメだということさ。きちんと説明し、権限ある官庁への届け出をすれば、届け出後30日経過すれば、解雇の効力が生ずることになってます。ただし、権限ある官庁は、この30日を60日まで延長することが出来るようになっている。
 企業または企業の一部の譲渡によっても、解雇事例が生ずる。企業譲渡に関しては。指令77/187が、この問題を扱っています。重要な法源なので、各自でよく調べないといけないよ。企業譲渡の場合に、いかにして労働関係を維持すべきなのかというのが、この指令のテーマなんだよ。企業譲渡は、譲渡される企業の財務がはかばかしくない場合ばかりではなく、企業価値を高めて売却する場合にもおこなわれます。企業そのものが商品なのです。この指令が行っていることを箇条書きすると、次のようなことだね。
 ① 企業譲渡によって労働関係は終了しない
 ② 労働関係は、新たな使用者と共に存続する
 ③ 労働関係は、原則として、前使用者と共にあったと同じ状態で存続する
 ④ 労働者の権利と義務は新使用者に対して存続する
 ⑤ 解雇によってその労働関係を一方的に解消する権利は、譲り受け人にも、譲渡し人にも保障されない
 とはいうものの、(間接的に)企業譲渡によってなされる一般的な理由、つまり経済的、技術的または組織的な人員の変更を要す理由による解雇までも、使用者に許されていないと考えることには無理があろうとの学説もあるよ。
 労働関係の承継は、譲り受け人および譲渡し人の意思に関係なく生ずるのであろうか。譲渡契約当事者間における労働関係の移転についての合意が存在しない場合もあるはずである。譲渡し人または譲り受け人が労働関係の承継に反対しておらず、また譲り受け人が譲渡と一体化した労働法上の様々な義務の履行を拒絶していなくても、話が何の支障もなくスムースに進むとは限らない。指令77/187の目的は、企業または企業の一部の譲渡移転の場合の労働者の保護である。その保護の方法は、労働者の権利の保持であると言われてるな。この目的の実現のためには、まあ何と言ったら良いかなあ、労働関係がその権利と義務を丸ごと伴って譲り受け人に承継されなければならないということになるだろうよ。ヨーロッパ裁判所の判決、例えば1996年のKlaude Rotsart de Hertaing事件を調べてみてよ。なんて言ってるか。「この社会的な労働者保護のポジションは、強行的なものであって、企業譲渡の当事者によって左右されるものではない」と言ってますねえ。日本企業、中でも地球の反対側にまで行くような企業ならば、知っていることばかりだと思うよ。
 そこまでは判ったとして、じゃあ労働者が企業譲渡に反対だといっているときには、どうなるのかな。同じくヨーロッパ裁判所の判決でお茶濁しておくかな。簡単に言ってしまえばだね、企業譲渡が適法に行われておりさえすれば、労働者の企業譲渡反対は「考慮に値しない」ということなのさ。差し当たっては、1988年の判決、Harry Berg &
Johannes Theodorus Maria Busschers事件を参考にしなさい。おかしなこと言ってるなあと思うひとは、ひょっとしたらドイツ法に詳しいひとかも知れんな。ドイツ法ならば、前使用者による解雇によってのみ労働関係の解消ができるんだろ?そんなこともなく、「お前は新使用者の下で働く労働者だなんてイッヒは言われたくねえや。正直に言ったら、新使用者がお前は要らないなんていってな。面白くねえや」と、ドイツ人だったら言いそうなことさ。反対・賛成の意見を言うチャンスがないなんてのは、基本的人権感覚とはそぐわないとおもうよ。「行く行かないは、イッヒが決めることではないのかい」というのが、ドイツ法では当たり前。
 以上述べたこととは別の様々な問題があるけれども、ここらできりあげとくよ。次回は、企業の倒産の場合を考えてみよう。