錚吾労働法

一六〇回 労働者派遣問題⑬
 派遣先事業者の責任について考えておこう。派遣元事業者は弱小企業であることが多く、責任感も希薄なことが多い。派遣労働者の需要が増大して派遣業を解禁した事情からして、派遣先事業者に派遣労働者の労働を指揮命令を使用することによって生ずる労働者保護の必要性の見地から責任を負わせるのは、ごく自然なことであったんだ。派遣先が責任を免れるわけではないから、誤解しないでくれよ。この意味の派遣先事業者の責任と雇用関係から生ずる派遣元事業者の責任を派遣先事業者に追わせるという話は、次元の異なる話だから注意しなければな。前者は、みなし使用者責任と言われるものだった。後者は、派遣先事業者の雇用契約責任の問題だったよな。これについて判例を調べるように指示しといたが、調べたかい。何だって!調べても分からんかったんか。ウーン。仕方ない。解説しとくか。
 派遣労働者と派遣先事業者は雇用契約を締結してはいないから、派遣先事業者に雇用契約上の責任があると言うがためには、黙示の意思表示によって雇用契約が成立しているという論法で行くしかなかったんだったよな。「予銀・いよぎんスタッフサービス事件」(高松高判平18.5.18; 最2小決平21.3.27)は、派遣労働者と派遣先事業者との雇用契約の成立を否定している。雇用契約関係があると言えるがためには、派遣労働者が派遣先そのもののの指揮命令に服して、派遣先事業者に対して労働する意思を有しており、派遣先がその対価として賃金を支払う推認的な意思を有しているときには、雇用契約が成立すると理解されているが(パナソニックエコシステムズ・名地判平23.5.12)、結論は否定的なんだよ。
 派遣元事業者が単に形式的に存在するのみで、労働者が派遣元から派遣先に派遣されている形をとってはいるが、派遣先が労働者の採用を決定し、賃金などの労働条件を決定しており、労務管理や懲戒をも実施しており、派遣先が労働者に労務請求をなし得るなどの特段の事情がそんざいするような場合には、派遣労働者と派遣先事業者との間に黙示の労働契約が成立していると理解されるべきであるとの判例もある(「積水ハウスほか」大阪地判平成23.1.26)。しかし、このケースにおいても、結論は否定的なんだよ。つまり、そのような特段の事情はないというんだな。しかし何と言うべきかな、このような特段の事情が存在する場合が、実は、隠れて存在しているかも知れないよ。派遣事業者をリストラの手段として設立するような企業だってあるからだよ。
 黙示の意思表示は、ドイツ語でstillschweigende Willenserklaerungというんだが、それがあったかどうかを判断するに当たっては、推断的所為が存在するかどうかを考えなさいと言われているんだな。推断的所為というのは、言葉としてカチカチだから何となく分かりずらい。しかし、言ってることは上の説明のごとしってんで、そんなに難しいことを言ってるんじゃないんだよ。派遣事業者のこれらの派遣労働者は、実は、派遣先事業者の労働者であってというような話なのさ。ところが、その通りだとはなかなか言わないし、言えない場合もまたあるようだ。
そんな場合に、ひょっとしたら本当の使用者は派遣先事業者じゃないのかと推段されても仕方ない行為なりが、ひょこっと現れてしまうものなんだな。上の判例をこのような思考経路に位置づけて読み、考えてくれるといいんじゃないかな。黙示の意思表示については、Oertmannの古典的名著があるから、ドイツ語の出来る学生は、チャレンジして欲しい。さあ、髭文字と格闘してごらん。