錚吾労働法

一五九回 労働者派遣問題⑫
 派遣元に雇用されて派遣先において指揮命令を受けるのが、派遣労働者だったよな。これは、派遣法の定めから明らかなことです。しかし、最近は、派遣労働者が派遣先事業者との間にこそ雇用関係が存在していると主張する事例が見られるようになっているんです。なぜそのような事例が増えているのかな。特定派遣事業者として使用者としての責任を本来果たすべきべきであるのに、書類上だけのことで使用者としての自覚が無い事業者が多くあるからである。あるいは、派遣先事業者に派遣元事業者の指揮命令権が委譲されている以上、派遣労働者にとっては実際上の使用者は、派遣先事業者に外ならないという意識があるためである。または、その指揮命令の在り方について派遣労働者を組織する合同労組が団体交渉を要求している場合に、派遣先事業者を労組法上の使用者と解さざるを得ない場合があると、派遣労働者と派遣先事業者との雇用契約関係の存否についてまで言い及ぶ実務家や運動家が登場してきてもおかしくないからである。さらには、違法派遣がされた場合には、派遣労働者と派遣元事業者との雇用契約が無効なのではないかという議論もあるだろうから、その場合の真の使用者は、現実に指揮命令している派遣先事業者とするしかないのじゃないか、というようなことが考えられているからである。
 確かに、このような事情の存在することを否みはできないでしょうな。だが、ちょっと待てよ、雇用契約を締結していない派遣労働者からあんたは俺らの雇用契約上の使用者だと言われる派遣先は、ビックリ仰天だよな。法的な筋立ては、常識的でなくっちゃならんだろ。ビックリな理屈は法的な理屈としては、落第だよ。派遣先との労働契約の存在を肯定せざるを得ないだろう設例については、すでに触れたあるが、あんなのは滅多にあることじゃなかろうな。上の雇用契約が無効になるという議論。労働基準法違反が常態化しているような酷い事業所があるとしてだね、この場合雇用契約は無効となるのかや。そんなことはないだろうよ。それと同じで、派遣元事業者と派遣労働者との雇用契約が無効となることはあり得ないんじゃないのかね。労働法の講義をシッカリ聴いてれば、こんなことは常識的なことなんだろ。
 派遣労働者と派遣先事業者との間の黙示の意思表示によって雇用契約が成立するというのは、理屈としてはあり得ないではないよ。だが、このような議論についても、「ちょっと待った」と髭じいみたいに言いたいよ。契約は、契約当事者の意思の合致によって成立するって、民法の先生から聞いただろ。意思の合致は、お互いにああしたい、こうしたいという意思をハッキリと表示して成り立つ話だよな。これが、意思表示論の大原則なわけ。意思の表示力を信じてのことだよ。ところが、人間の意思は、言語明瞭な発言や文書のみによって表示されるもんでもない。神社のさい銭箱に、「この十円をご寄付いたしますからご笑納いただきたい」と言語明瞭に発言して入れている人を君ら見たことあるかね。ないだろ。しかしだよ、何にも言わないで神社に寄付するという意思は、さい銭箱にお金を入れるという行動によって明らかだよね。行動が、明確な意思を表わしているんだな。だから、この場合の表示力は、言葉や文書に劣るとは言えないんだろ。
 黙示の意思表示というのはだね、言葉や文書によらなくても、両当事者の意思が合致しているために、言い換えると言葉や文書によるのと同様な意思の表示力のある行動や所作によって法的な契約関係が生ずる事がある場合のことをいってるわけなんだね。ちょっと、ややこしいかな。ややこしくても法学部の学生ならば判らなければダメなんだぞ。派遣先事業所が、みなし使用者となる場合のことをいってるんじゃないからな。派遣労働者と派遣先事業所との間において雇用契約の締結ありとする言語以外の意思のやりとりがあれば、黙示の意思表示による雇用契約関係の成立を認めて差し支えない。オークション会場での挙手は、落札意思の明確な表示だろ。応札者が異議をとなえなければ、契約成立だよね。学生が誤解してね、黙示の意思表示による契約の成立は、黙っていても契約が成立することだと思ってんだね。誤解だから、そんなこと思わないでくれよ。
 派遣先事業所による指揮命令と言う事実は、存在している。派遣労働者が指揮命令される対償として派遣先から賃金を支給され、労働者の法もこれを異議を述べずに受領しているような場合には、双方に契約意思を認めることができるから、その支給と受領という行動が雇用関係成立の意思を表示していると言ってもいいだろう。しかし、注意してほしいのは、意思の合致が存在するか、意思の合致の存在を認定することができなくちゃならんということなのさ。最近は、黙示の意思表示による契約の成立の主張が多く見られるようになってきているね。判例を調べてごらんよ。事実関係からして、合致があったとか、合致を認定した例はあるのかい。ないんじゃないか。これ試験問題にするから、判例を調べておいておくれ。