錚吾労働法

一六四回 INAXメンテナンス事件②
 CEの皆さん方が加入する労組からの団交要求を拒否したことに対して、大阪府労委と中労委とが団交しなさいと言ったんだったな。これに対して、会社は、大いに不満だったんだろうな。従業員ではないCEが加入する労組となんで団交しなくちゃならないのか。裁決庁(中労委)には従いたくないから、ここはひとつ国を被告にして裁判所の考えを聞いてみようということになった。地裁、高裁、最高裁の判決はだね、団交しなさい、団交しなくてよい、団交しなさいという具合に変遷したんだよ。だから、このINAXメンテナンス事件は、かなり難しい事件であったとはいえるんだよ。問われているのは、会社にCEらが所属する労組との交渉義務があるかどうかなんだよ。
 問われている問題そのものは、簡単そうに見えるけれども、実は厄介な問題なんだよ。何で厄介か。そこんところを良く考えなくっちゃなんねえぞ。働く人々の働き方が多様化しているし、会社の事業展開にとって働く人々とどのような関係を組み立てるのが最適かが問われ続けているからだよ。INAXはINAXメンテナンスを作り、INAXメンテナンスはCEとの間に業務委託関係を作り上げてるんだが、これは、まさしく最適化追及と働き方の多様化という現場で発生した問題なんだよ。だから、団交しなさいと言うがためには、理屈をシッカリと立てなくちゃならんのだよ。INAXグループだけではない。パソコンの具合が悪いといってメーカーや販売会社に連絡すれば、すぐにメンテナンス要員がすっ飛んで来てくれるけれども、メーカの従業員でもなく、販売会社の従業員でもなくてさ、ここでのCE的な働き方をしてるんだよな。
だからさ、中労委や最高裁の団交しなさいという判断は、これからの労使関係に多大な影響があると言わなくちゃならないんだよ。一体、どういう判断基準を立ててこうなったのかを、正確に知っておかなければいけないよ。
 つまり、働き方の多様化というのは、労働の現場の多角化、働く者の自己自立性への欲求の高まり、労働契約に付属する指揮命令と従属性への嫌悪などによって生じてきたものなんだよ。親会社、子会社、姉妹会、派遣元・派遣先会社、業務委託元・委託先会社、個人事業主などの展開によって、会社と働く者の諸関係も、一様なものではなくなってきている。こうした変化に伴って、労働契約に基づき指揮命令されて仕事をこなす関係であっても、実質的には就業規則に相当する作業の詳細なマニュアル化が進んでいるのと同様に、個人事業主であっても業務委託者が策定する作業マニュアルに従って働くようになっている。このような労働の世界に発生している変化は、一方では正規労働者の著しい減少をもたらすこととなったが、同時に非正規労働者や脱サラ個人事業主を大量に生み出すことにもなったんだ。分かるかな。分かってね。
 こんなわけだからね、気の付くのが早い学生の君はいま何を考えてたの。労働の現場は、伝統的な「労使関係的思考」とそれが当てはまらないような「働き方関係」とに破裂しつつある、と君は言いたいのか。成程な、そうすると労組法が想定した労働世界と労組法が想定していなかったような新たな労働世界があって、後者の労働世界がサービス産業の成長に伴って発生し、拡張しつつあるというわけなんだね。剣道やってるだけあって鋭いね。実は、このオイラもそう考えているのさ。しかしだね、労組法という法律は、政策立法なので融通無碍なところがあってだね、固定的じゃないんだよ。この点は、労基法などとは趣を異にするところなんだよ。「使用者概念の拡張」なんてことが教科書に書いてあるだろ。これは、労組法が「使用者」を広く捉えることが出来る法律だということなんだよ。