錚吾労働法

一七二回 企業の変動と労働関係③法人格の否認ーその3−
 ここで取り扱う問題は、労働委員会は、法人格の否認の法理とどのように付き合ったら良いかという問題である。川岸工業事件が不当労働行為事件として争われていたとしたら、事件の処理の仕方としては、バックペイを命ずるのは良いとして、原職復帰を命ずる事が出来たのかカという問題を考えた者は、結構多人数いたものとおもう。今ここで頭にあるのは、朝日放送事件(大阪府労委昭和56・5・26;中労委昭和61・9・17;東京地判平成2・7.19;東京高判平成4・9・16;最高3小判平成7・2・28;大阪地労委平成16・10・8;大阪地判平成18・3・15;中労委平成18・7・5;東京地判平成20・1・28)である。事案は、複雑であるが、整理すると次のようであった。
 元請会社「朝日放送」の下請会社「大阪東通」の労働者は朝日放送で労働していたが、大阪東通の倒産・営業譲渡に際して解雇されたが、譲渡先「東通」での雇用を拒否しつつ、朝日放送での就労を求めた。朝日放送はこれを拒否した。この拒否と朝日放送の団交態度が不当労働行為に当たるとして、労働者が所属する地区労がこの救済をもとめた。
 平成7年の最高裁判決は、「雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について部分的にでも雇用者と同視できる程度に現実かつ具体的に支配、決定することができる地位にある雇用者以外の事業主の支配・決定権ある事項に係る団体交渉の拒否」と言って、朝日放送の「部分的な使用者性」を認めるという初の判断を示していた。部分的な使用者性は、労組法7条の使用者は雇用主でなくとも一定の要件を具備しているときには団交拒否に該当することがあることを示そうとするものであった。派遣法の平成18年の「みなし使用者」規定の整備は、部分的使用者なるアイディアを立法的に整備したものである。従って、使用者とみなされる事項についての団交申し入れを派遣先は拒むことはできない。労働委員会は、この種の団交拒否を救済すべき立場に立っている。
 労働者と地区労の主張は、大阪東通の形骸化に重点が置かれていた。つまり、大阪東通は営業譲渡以前に形骸化していた(法人格の否認)。労働者は、その意味において、元々の雇用主をなくしていたが、朝日放送において労働していたのは朝日放送との間に雇用契約が黙示ではあれ存在していたからである(黙示の意思表示による雇用契約の成立)、と言うのである。無論、このような主張が成り立たないわけではない。黙示の意思表示による雇用契約の成立の要件が、満たされているかどうかが問題となるだけである。もし、要件が満たされているにも関わらず就労させないというのであれば、労働委員会が命ずべき原職復帰先は朝日放送となるのである。しかし、東京地裁(平成20・1・28)は、事実の詳細な認定によって、この主張を容れなかった。
 派遣関係の著しい増加によって、黙示の意思表示による雇用関係の成立が語られる機会は、増加するに相違ない。参考になる事例としては、ナブテスコ事件(神戸地明石支判平成17・2・18)、松下プラズマディスプレイ事件(大阪広範平成20・4・25)、伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件(高松高判平成18・5・18、高松地判平成15・5・22)がある。前2判例は、肯定例。後1判例は、否定例である。興味ある素材であるから、参照されたい。ここでの帰結は、形式的に雇用主でない事業者に対して、労働委員会が賃金遡及払と職場復帰を命ずる可能性は、全くないtとまでは言えないということである。