錚吾労働法

一七三回 新国立劇場運営財団事件①
 本件は、オペラ歌手G(以下G)が加入している職能労働組合日本音楽家ユニオン。以下労組)が、新国立劇場運営財団(以下財団)に対して財団がしたGの不合格と労組が申し入れた団交に応じなかったことが不利益取扱および団交拒否の不当労働行為に当たるとして労委に救済を申し立てた事件である。事実の概要は、つぎのとおりである。
 労組は、職業音楽家と音楽関連業務に携わっている労働者の個人加盟による職能別労働組合である。Gは、この組合員である。財団は、劇場合唱団メンバーを視聴会を開催して選抜し、「契約メンバー」と「登録メンバー」とに別けて出演契約を締結していた。契約メンバーは、登録メンバーより技量が上であると目されていた。Gは、Gと財団との間で締結した「基本的出演契約」と公演毎に締結された「個別公演出演契約」とにより、平成11年8月から平成15年7月までは契約メンバーとして多数の公演に出演していたが、平成15年8月から平成16年7月までのシーズンに関しては契約メンバーとしては不合格となった。労組は、この不合格に関して財団に団交申し入れをした。財団は、これに応じなかった。労組は、都労委に不合格と団交に応じないことがいずれも不当労働行為に当たるとして救済を申し立てた。
 都労委は、次の諸点を考慮してAGを不合格としたことは不当労働行為にはならず、団交に応じなかったことは不当労働行為であるとし、前者を棄却し、後者についてはGの労組法上の労働者性を認めて団交命令と文書交付命令をした(平成17・5・10命令)。
・契約メンバーは、出演依頼に対する諾否の自由が事実上制限されている。
・基本的に指揮者や財団の指揮監督下におかれている。
・専属性の度合いが決して低くはない。
・報酬には歌唱(労務の提供)それ自体の対価という面がある。
 労組は前者(第一事案という)について、財団は後者(第二事案という)について中労委に再審査を申し立てた。中労委は、次の諸点を考慮して各再審査申立を棄却した(平成18・6・7命令)。
・契約メンバーは、個別公演出演の発注に対して諾否の自由が制約されている。
・年間を通じて財団の指揮監督の下、日時・場所等について財団の指示に従って歌唱の役務を提供し、その対価として報酬を得ている。
・契約メンバーは、自己の計算により事業を営んでいるものではない。
 労組は第一事案の棄却の取消を、財団は第二事案の命令の取消を求めた。
 東京地裁は、オペラ歌手のGの労組法上の労働者性について、次の諸点を指摘して否定した(東京地判平成20・7・31)。
・Gは、基本出演契約を締結したからといって、個別公演出演契約を締結すべき法的義務を負っていない。
・Gは、財団の指揮監督を受けていない。
・Gが財団と個別公演出演契約を締結しない以上報酬は支払われないので、報酬の労務対償性があるとは言えない。 
 かくして、東京地裁は、団交を命じ、文書公布を命じた第二事案に関わる労委判断を取り消し、第一事案に関わる労委判断を維持した(労組の全面的な敗北)。そこで、労組と中労委が、それぞれ控訴した。
 東京高裁は、次の諸点を指摘して各控訴をいずれも棄却した(東京高判平成21・3・25)。
・契約メンバーは、業務の遂行ないし債務の履行に際し、集団的舞台芸術に参加することに由来する制約を受けること以外に、場面を問わず財団の指揮監督をうけてはいない。
・契約メンバーには、個別公演出演契約を締結するかどうかの自由、公演ごとの労務提供の諾否の自由がある。
・基本契約を締結した契約メンバーが自己都合により出演しなかったからといって、法的責任を追及されたり、不利益を受けたこともない。
 これらの諸点を考慮すれば、Gは労組法上の労働者とはいえないから、一審判決は維持されるべきであるとされたのである。これに対して、労組と国は、現新判決の破棄を求めて上告した。
 最高裁は、以下の諸点を考慮して、Aが労組法上の労働者であるとして、原判決を破棄し、東京高裁に差し戻した。
・契約メンバーは、核公演に不可欠な歌唱労働力として財団の組織に組み入れられている。
・契約メンバーは、全く自由に公演を辞退することができたとは言えない。
・契約メンバーは、財団からの個別公演出演の申込みに応ずべき関係にあった。
・基本契約の内容は財団により一方的に決定され、歌唱の労務の提供についても財団が一方的に決定している。
・契約メンバーは、時間的・場所的に一定の拘束を受けている。
・報酬は、歌唱の労務提供それ自体の対価であると見るのが相当である。
 以上、ごく大略的ではあるが、都労委から最高裁までの判断の変遷を記述した。この要約によって、具体的な判断の分かれ目は、同一事実の支店の相違であること、つまり判断者の目にどのように映るかの相違であることが分かるであろう。新たな事実が判明して労委と裁判所の判断が分かれたわけではない。次回は、この点をもう少し掘り下げて検討することとしたい。