錚吾労働法

一八二回 労働時間と時間外労働①
 いわゆる時間外労働に関しては、時間外労働の法的な枠組みがどのようになっているかという問題、時間外労働に対してどのような処遇をもって臨むべきかと言う問題、時間外労働が労働災害の発生にどのように関わっているかという問題、それに雇用創出に時間外労働がどのように関わっているかという問題がある。これらはそれぞれ別個の問題ではあるが、時間外労働の基本的な問題であるということができる。争議行為関連では、時間外労働の拒否が争議行為としてどのように評価されるのかという問題もある。さらに、時間外労働をさせないことが不当労働行為となるかという問題もあろう。これらの諸問題を順次検討しておくこととする。
時間外労働とは、法所定の労働時間を越えて労働することである。ここに法所定の労働時間とは、労基法32条から32条の5まで若しくは40条の労働時間をいう。時間外労働は、これらの労基法の規定による労働時間を越えて労働することであり、また労基法35条の休日に労働すること(休日労働という)である。では、労働時間とはいかなる時間なのか。これを定義しておかねばならない。
 労基法は、就業規則に「始業及び終業の時刻」および「休憩時間」について規定すべしとしている(89条1号)。どの時点をもって、「始業」、「終業」と解すべきかは、「入門時」、「準備行為開始時」、「作業開始時」、「作業終了時」、「後片づけ開始時、「出門時」などの争いがあった。また、警備員やマンションの住み込み管理人の仮眠時間や不活動時間が、労働時間であるかどうかが争われることもあった。従って、労働時間を定義するのは、なかなか厄介な問題である。労働時間は、それを計算することにより賃金額を決定したり、疾病が労災かどうかを判断するさいの重要な要素となるものであるから、客観的に決定されることができなければならない。
 そうすると、労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令の下に置かれている時間」であるか、あるいは「労働者が使用者の指揮命令の下に置かれていると評価することができる時間」であるということができる。「指揮命令の下に置かれている時間」とか「指揮命令の下に置かれていると評価することができる時間」といっても、日々の労働の実態からいえば、始業から終業までの間、使用者にひっきりなしに指揮命令されて働くなどということは、稀にはあるかもしれないが、普通には存在しない。従って、「指揮命令の下に」をしゃくし定規に考えてはいけない。仕事に対する一般的な指示がなされれば、日々毎日の指揮命令がなくても、労働者はそれに従って労働するからである。
 「手待ち時間」 例えばトラック運転手が荷降ろしをした後、次の作業の指示があるまで待機している時間であっても、その時間に拘束性(待機室で待機していなければならない)があれば、それは労働時間である。その時間を労働者が自由に処分できれば、そこには拘束性が認められないからそれは労働時間ではない。
 「入浴時間」 鉄道の保線作業員、電気会社の検針員などが体の汚れや汗を流し落すための入浴の時間が労働時間かどうか争われたことがあった。これを労働時間として計算することは、入浴中の労働者に使用者の指揮命令によって入浴させられるという拘束性は認められないであろうから、無理というべきである。しかし、「入浴時間」であっても「介添え入浴」の場合の「入浴時間」は、労働時間である。
 「仮眠時間」は、通常は、労働時間ではない。しかし、マンションなどの管理人であって、管理人の仮眠時間中であっても人の出入りがあり起こされることがあり、電話には応じなければならないような事情があれば、「仮眠時間」だからと言って労働時間ではないとは言えない。
 「医師や看護師が当直する場合の仮眠時間」は、急患の搬入への対応、入院患者の容体の変化、深夜の見回りや投薬などがあるから、労働からの解放はこま切れ的で、労働時間の管理が簡単ではない。医師や看護師の時間外労働に関わる未払い賃金の請求がなされたときに、労働時間の計算をどのようにしてするのか、困難な場合もあるに違いない。
 このような問題が絡んでくると、労働時間の計算の結果が、1週40時間、1日8時間の枠に収まるかどうか、逆に言えば、時間超過とならないかどうかに関する紛争を惹起することになりかねない。時間管理は、厳正かつ正確でなければならない。労働者が実際にどれだけの時間を働いたかは、就業規則所定の時間や、労働協約所定の労働時間ではなく、現実の労働時間を計算しなければならない。労働時間訴訟は、未払い賃金の支払い請求訴訟となることから、労働時間の事実認定によって決着することとなる。
 公務員の勤務時間は、現業公務員を別にすれば、人事院規則、自治体の条例によって定められている。しかし、そのことと現実にどれだけの勤務時間を勤務したかは、別個の問題である。官庁勤務時間に関する予算措置は、必ずしも現実の勤務実態とは合致していないことが多い。超過勤務に割り当てられた予算額を各人の超過勤務割合によって分け合うという実態となっており、サービス超勤が蔓延しているようである。予算措置が講じられた範囲内での超過勤務に当たらない超過勤務には、正確な超過勤務時間の割り出して、それに対応する有給休暇の割増付与がなされるべきである。さもなければ、賃金債権または給与債権の蓄積口座の制度を考えるべきではなかろうか。