錚吾労働法

一八三回 労働時間と時間外労働②
 時間外労働に対する法的な枠組みはどのようになっているか。労働者は、生身の人間だから、ロボットのように動き続けることはできない。人間は、労働し、食事をし、団欒し、遊び、眠るという生活リズムを守り続けている。労働が自己のためでなく、他人のため他人の指揮下に行われる場合、他人は、労働者の労働のみに関心をもち、その他の生活に無関心になりやすい。長時間労働低賃金は、その顕れであった。搾取と言われた所以だった。労基法は、労働者に「人たるに値する生活」リズムを確保するため、労働者を長時間労働から保護しようとする。
 先ずは誰にでも分かるごく常識的なことからはじめよう。1週40時間・1日8時間の時間規制(労基法32条①②)が、労働者保護のための時間規制の基本である。この規制は、この規制を越える1週50時間・1日10時間働くという労働契約を締結した場合、1週10時間分・1日2時間分は無効であって、法的効力が無いことを意味する(労基法13条)。使用者は、この契約に従って労働者に時間外労働を命ずる法的根拠を持たない。労働者は、使用者に時間外労働を指示されても、これに従う義務を負わない。この時間規制に違反する者は、「次の各号の一に該当する者は、これを六箇月以下の懲役又はは三十万円以下の罰金に処する」とされている(労基法119条1号)。民事的には、契約内容に違法性があり、実際に違法な時間外労働が行われるのを阻止することになる。刑事的には、既遂でなければならない。未遂罪は成立しない(刑法44条参照)。「該当する者」との表現そのものは、使用者のみならず労働者も捉えているかのごとくであるが、使用者側に立つ者を広く捉えていると解される(労基法10条)。違法な時間外労働をさせられた労働者を処罰する趣旨ではない.
 違法な時間外労働たることを使用者が知らなくても、また違法なことを知ってはいるが実際に行われていたことを知らなかったとしても、使用者は、民事責任と刑事責任を免れる抗弁をなし得ない。違法な時間外労働は、違法な時間外労働を指示しない使用者の不作為債務の不履行となるか(民法415条)、労働者の労働しない利益の使用者による故意または過失による侵害として不法行為ともなる(民法709条、715条①)。民法709条の債務と民法715条①の債務は、「不真正連帯」の関係にある。
  使用者は、当該事業場に、「過半数組合」がある場合においてはその組合、過半数組合が無い場合には労働者の「過半数代表者」との「書面協定」をし、これを行政官庁に届け出た場合には、その協定の定めにより労働時間を延長し、または休日に労働させることができる(労基法36条①本文)。この協定を36協定という。「労働させることができる」のだから、時間外労働させても処罰されることはない。この意味において、36協定には「免罰的効果」がある。36協定には、免罰的効果のみが認められるに過ぎないとする有力な見解がある。その意味は、36協定によって時間外労働を指示されても、労働者はそれを拒否することができるということであろう。しかし、この見解は、「労働させることができる」という文意にそぐわない。労働させてよいのであれば、使用者には36協定によって時間外労働を命ずる労働契約上の根拠が付与されたと解すべきではないか。つまり、36協定には、使用者が労働者に時間外労働をさせ、労働者が使用者に時間外労働義務を負うという民事的効果もあると解すべきである(最判昭和59年3月27日;最判平成3年11月28日)。36協定は、かくして[免罰的効果」と「民事的効果」を併せ有する。
 しかし、時間外労働は、それをせざるを得ない事情のある場合になされるべきものである。その意味において、36協定は時間外労働の時期、時間外労働すべき職種、時間外労働時間数を具体的に定めるべきである。36協定が包括的・概括的な場合には、民事的効果を認め難いという結果になることもあろう。
 36協定の当事者の一方は、「過半数組合」または「過半数代表者」である。「過半数代表者」は、「労働者の過半数を代表する者として、当該事業所の労働者から信任され、選出された者」でなければならない。選出者は、労働者としての資格に基づいて選出するのであり、親睦団体員の資格に基づいて選出するのではない。役員を含めた全従業員で組織する親睦団体の代表者は、「過半数代表者」たりえない。従って、その者と締結した協定は無効であり、36協定たりえない(最判平成13年6月22日)。過半数代表性の充足は、36協定の効力発生の前提である。