錚吾労働法

一八一回 黙示の意思表示と労働契約③
 黙示の意思表示による労働契約の締結や労働契約の延長(更新)は、理論上は成り立つものであるが、現実に労働契約の成立を認定出来る主要事実としての推認的行為の存在の主張立証は困難に違いないから、そう簡単に認められるものではない。ただ、訴訟においてかかる主張が原稿またはその訴訟代理人からしばしば行われるようになっているのには、雇用努力義務の壁を崩したいという問題提起の故であるだろうし、派遣労働者などの組織化のための足がかりを得たいという実践的な意味もあるに相違ない。
 ただ最高裁判所新国立劇場運営財団事件判決が指摘したあの「組織的一体」の観点からは、労働契約の成立の主張に無理があるような場合に、労働組合派遣労働者であっても派遣先の労働者であると労働組合法のレヴェルにおいて主張し、派遣先に団体交渉を申し込むことは可能かもしれない。労働委員会にこのような意味における団交拒否事件が継続する件数は、これから先、増加するであろう。最高裁判決は、契約の形式には無関係に、労組法によって救済可能な事案には労働委員会はもっと積極的であってよいとの、審査積極主義を語っていると解し得る余地がある。
 多分、合同労組においては、この判決を活用して、裁判所のみならず労働委員会においても組織的一体性をより詳細に主張するようになるだろう。労働委員会は、この大きな変化をどのように消化して審査指揮を実践していくべきかについて検討しておくべきであろう。最高裁であっても、推断的行為による労働契約の更新とか、労働契約の締結を認めることに関しては、具体的な事件においては、そこまでなかなか踏み切ることは無いように思われる。しかし、派遣労働者を派遣先に組織的に組み込まれた労働者であるから、その派遣労働者は労組法上の労働者労働に該当するのであり、それを代表している労働組合と派遣先との間で、指揮命令の在り方、正規労働者として採用する際の基準、採用される場合の労働条件について団体交渉は、労働組合からその申込がある以上は、派遣先において受けて立たれるべきものである、と解される余地がある。
 ただ注意を要するのは、黙示の意思表示による労働契約の成立や労働契約の更新などという意思表示又は意思表示的効力を付与される推断的行為云々の主張は、司法裁判所における主張であるべきであって、都道府県の行政執行機関としての労働委員会における主張としては、原則的には、筋違いであるということである。この点を十分に心得ておかないと、煩瑣な主張が繰り広げられることとなって、事案の直截的な把握と迅速かつ的確な審査の妨げになる可能性があろう。