錚吾労働法

一八七回 労働時間と時間外労働⑥
 災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働と公務のため臨時の必要のある時間外労働
 (1)災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働                                       表記に付き、使用者は行政官庁の許可を得て、その必要の限度において労基法32条ないし32条の5、40条の労働時間を延長し、35条の休日に労働させることができる(労基法33条①本文)。
 「災害その他避けることのできない事由」には、「災害が現に発生している状態」のみならず、「災害の発生が客観的に予測される場合」も含まれる。避けることが出来ない事由としての災害は、使用者の主観的な判断として避けられないということでは足りず、客観的に避けられない災害でなければならない。強風から事業場を守る必要があるとの判断が台風の上陸予報に基づいているときには、避けることが出来ない事由がある場合にあたる。
 震災の発生が切迫しているとの警告が政府から発せられる場合にも、時間外労働を命ずる事ができるかは疑問である。労働者とその家族にも危害が生ずるかも知れないときにまで、使用者が時間外労働命令を適法になしうるとは思えない。それは、信義則違反であるか、権利の濫用であって効力を認める筋合いではない。震災後に事業場内の怪我人を救援するための時間外労働命令は、適法である。労働者は、これに従うべきである。震災発生後に従業員と従業員の家族の会社への避難に対応するため、社内の器機の片づけや食糧の確保のために時間外労働を命じた例があった。適法であろう。
 「災害その他」とは、災害ではないが避けることが出来ない事由も時間外労働の理由となりうるということである。災害以外にも応急に対処しなければならない事由がある。ボイラーの異常な圧力の上昇やプラントの蒸留塔や配管の圧力の上昇は、早急に対処せねば大事故に発展し、公衆に対しても危害を及ぼすかもしれない。使用者は、事故や危害の発生を阻止する臨時の必要のため、労働者に時間外労働を命令することができる。突発的な火災事故や従業員の職場内での急病に対処することは、使用者の配慮義務の履行として当然のことであるが、労働者に時間外労働を命じなければ義務の履行も不可能となるだろう。
 行政官庁の許可が、必要である。ただ単に業務の繫閑に関わってのことで、それがたまたま台風時に時間外労働を必要とするような場合には、行政官庁は時間外労働を許可してはならない。災害等による臨時の必要があって時間外労働を労働者に命令するときに、行政官庁の許可を得るいとまもない場合もありえよう。そのような場合には、事後の届出をすることになっている。事後の届出は、時間外労働の許可をうるために行政官庁にまで出頭することができないほどの切迫性が存在する場合のことである。そうでない場合の事後の届出は、適切を欠く。許可しないという処分は事後的には不可能なので、休憩または休日を与えるよう命令することになる(労基法33条②)。過半数労働組合過半数代表者との書面協定は、必要ではない。
 火災等の災害の発生時に労働者が既に帰宅している場合には、使用者は、臨時の必要に対応するために労働者を事業場に呼び戻し労働させることもできる。呼び戻して時間外労働を命令する場合、帰社の要する時間も時間外労働に含まれるかは、消極に介する。派遣先で派遣労働者として労働している者も、労基法33条本文の規定によって、時間外労働を命じられることができる。時間外労働を命ずる使用者は、派遣先の使用者であって、派遣元の使用者ではない。行政官庁の事前または事後の許可を得る使用者は、従って、派遣先の使用者である。
 使用者は、18才未満の年少労働者にも時間外労働、休日労働を命ずることができるが、深夜にまで及ぶ時間外労働をさせてはならない。年少労働者の労働時間・休日に関する規定は、労基法33条本文を適用除外していないからである。
 (2)公務のために臨時の必要がある場合の時間外労働
 公務のために臨時の必要がある場合に、労基法33条①にかかわらず、官公署の事業に従事する国家公務員と地方公務員に労基法32条から32条の5まで若しくは40条の労働時間を延長し、または35条の休日に労働させることができる(労基法33条③)。官公署の事業については、別表第一に掲げる事業を除くとされている。従って、現業職の公務員は、本条の対象ではない。非現業職の公務員が、本条の対象となる。
 旧国鉄時代の判例によれば、組合員集団の示威行為により駅の業務の正常は運営が阻害され、列車乗客の安全と便宜とが脅かされ、駅の平穏と秩序が乱される事態の発生が予測される状況の中で駅長がした助役に対する勤務時間延長命令は、(36協定未締結の状態では本来は違法だが)適法であるとされている。公務のために臨時の必要があるときとは、だから、このような場合をいうのであれば、違法性を阻却する事由であるともいえるであろう。