錚吾労働法

一九一回 労働時間と時間外労働⑩
 (5)時間外労働時間の限度
 36協定を締結し、行政官庁に届け出ておれば、際限なく時間外労働が適法にできるなどと考えてはいけない。労働しすぎて死んでしまう労働者がいる現実は、絶句ものである。過労死は、国際的にもよく知られていることであり、質問されることでもある。過度なサーヴィス残業のゆえであったり、常軌を逸した連続的な長時間労働のゆえであったりの過労死、うつ病、脳心疾患に対する使用者の真摯な反省が必要であるし、労働組合の自覚的な取り組みも必要である。
 従業員の過半数を代表する労働組合または従業員の過半数を代表する者は、使用者と36協定を締結するに際しては、締りのない包括的な協定ではなく、具体的に時間外労働を必要とする業務を個々に特定し、1週間、2週間、3週間、4週間、1箇月、2箇月、3箇月、1年間の一定期間を区分し、その一定期間内の時間外労働時間の限度(限度時間)を定めることとされているので注意せねばならない。これに関する「労働基準法第三十六条第二項の規定に基づき労働基準法第三十六条第一項の協定で定める」労働時間の延長の限度等に関する基準を定める告示」別表第一により期間と限度時間を示すと、次のごとくである。
     期間           限度時間
    一週間           十五時間
    二週間           二十七時間
    四週間           四十三時間
    一箇月           四十五時間
    二箇月           八十一時間
    三箇月           百二十時間
    一年間           三百六十時間
 この期間と限度時間を基礎として夫々の期間の限度時間を計算することとなるので、注意を要する。計算式は、次のとおりである。
 ・1日を超え1週間未満の日数を単位とする期間   15時間×当該日数÷7
 ・1週間を超え2週間未満の日数を単位とする期間  27時間×当該日数÷14
 ・2週間を超え4週間未満の日数を単位とする期間  43時間×当該日数÷28(但し、計算結果が27時間を下回る時は27時間)
 ・1箇月を超え2箇月未満の日数を単位とする期間  81時間×当該日数÷60(但し、計算結果が45時間を下回る時は45時間)
 ・2箇月を超え3箇月未満の日数を単位とする期間 120時間×当該日数÷90(但し、計算結果が81時間を下回る時は81時間)
 使用者は、労働者に時間外労働、休日労働をさせたときには、その時間またはその日の労働については、通常の労働時間または労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。以前は、単に2割5分増しの賃金としていたに過ぎなかったが、2割5分以上5割以下の割増率で計算することとした。その理由は、割増率をアップさせることによる時間外労働規制の強化、特に限度時間を超える時間外労働に対する規制の強化であった。1箇月間に60時間を超える時間外労働の場合、その超える時間に対する割増率は5割となっている。
 (6)変形労働時間制と時間外労働
 変形労働時間制の下では、既に述べたことであるが、会社の業務無の繁閑に合わせて、時間外労働をしあるいは時間を短縮するのでその凸凹を清算期間内全体でみればフラット化することが出来、法定労働時間が全体から見て守られる結果となるという理屈から、時間外労働は発生しないこととした。変形労働時間制は、このように設計されたものである。しかし、それは、設計上のことであって、設計通りにはいかないこともある。均してみたら、はみ出した労働時間があるとしよう。この労働時間は、時間外労働となる。変形期間3箇月を超える1年単位の変形労働時間制を採用する場合には、上とは別個の限度時間が次のように設けられている。
   期間            限度時間
   一週間           十四時間
   二週間           二十五時間
   四週間           四十時間
   一箇月           四十二時間
   二箇月           七十五時間
   三箇月           百十時間
   一年間           三百二十時間
 (7)限度時間を超える36協定の効力
 上記の期間と限度時間を告示する二つのテーブルの限度時間を超える36協定が締結された場合、その36協定の効力いかんが問題となる。
36協定そのものが、法定労働時間を超える労働時間の個別の労働契約における定めを無効とする原則から離れるためのものであることを考慮する必要がある。この理屈を限度時間に当てはめれば、限度時間を超える36協定の定めもまた無効ではないこととなろう。限度時間は、労使交渉の攻防点であると同時に、企業と国(労働基準局)の攻防点でもある。ただし、これらの限度時間を超える労働が好ましからざる労働であるとしても、実際に限度時間を超えて労働するよう命令されることがあり得よう。その場合に、労働者が労務の提供を拒否しても差し支えないかという問題が発生する余地がある。業務命令の必要性、業務命令を合理化できる特別な事情の有無の立証責任は、使用者にある。
 しかし、労使当事者間で定めた手続を経て限度時間を超える一定の時間まで労働時間を延長することが出来る旨と限度時間を超える時間の労働についての割増賃金率を定める場合もある。これは、限度時間を超えて労働時間を延長せねばならない特別な事情(臨時的なものに限る)が生じたときに限定して認められているものである(告示3条但書。告示の適用除外事業については、告示5条を見よ)。
 (8)労使委員会等の決議
 「労使委員会」は、労基法38条の4の「企画業務型裁量労働制」のために設けることができる委員会であって、賃金、労働時間その他の当該事業場における労働条件を調査審議し、事業主に意見を述べることを目的とする委員会である。この委員会が5分の4以上の多数決で決議をしたときには、36協定によらないことができる(行政官庁への届出は必要だが)。時短促進臨時措置法で設置することが出来る「労働時間短縮促進委員会」による5分の4以上の決議もまた、36協定に代置することができる。1日8時間、1週40時間をこえる「みなし労働時間」は、時間外労働時間のみなしを含むから、その時間労働時間数を行政官庁に届け出なければならない企画業務型裁量労働制は、労働契約法への導入が断念された(労基法の)ホワイトカラーエグゼンプションへの足がかりとなる可能性があるので注意されたい。
 (9)割増賃金率
 使用者は、労働者に時間外労働または休日労働をさせたときには、その労働者に割増賃金を支払わねばならない。法内超勤の場合、割増賃金を支払う合意または定めが無ければ、支払わなくてもよい。この場合、割増のない通常の時間給を支払えばよい。              割増率は、原則的には、2割5分以上5割以下となっている(労基法37条1項本文)。ただし、1ヵ月について時間外労働が60時間を超えるときは、その超えた時間の労働には、5割以上の割増率で計算した賃金を支払わねばならない(労時法37条1項但書)。深夜業(午後10時から午前5時まで、または午後11時から午前6時まで)に就かせたときには、5割以上の割増率となる(労基法37条4項、規則20条)。深夜業が1ヵ月につき60時間を超えるときは、その超えた時間については7割5分以上の割増率となっている(規則20条括弧書き)。休日労働が深夜業に及ぶときの割増率は、6割以上である(規則20条2項)。
 (10) 割増賃金の基礎となる賃金
 この基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当労基法37条5項)、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1ヵ月を超える期間ごとに支払われる賃金(規則21条1号‐5号)は含まれない。ただし、そうは言っても、これら手当を形式的に計算の基礎から除外することができるものでもない。計算基礎となるかどうかは、各手当の実質に応じて決定されるべきものである。時間外賃金の負担から逃れるために、手当の費目を拡大し、基本給を低く抑えているかもしれない。これら手当が一律定額の手当として支払われているときには、計算の基礎に含めるべきものである。規則21条に列挙する手当は、制限列挙と解する。皆勤手当、乗務手当、長距離手当は除外されない賃金である。
 時間外労働の時間は、実労働時間である。深夜業に当たる時間帯の中に睡眠時間が設定されており、その間労働の可能性がないときには、睡眠時間帯は労働時間ではない。計画停電で停電時間に労働しなければ、その時間は労働時間として計算しなくてもよい。