錚吾労働法

一一二回 能力不足を理由とする解雇
 労働者は、労働者の能力が会社が想定している程度の能力ではないとの理由によって、内定を取り消されたり、試用期間の満了時またはそれに先だって本採用しない旨通告されたり、あるいは派遣先から能力不足を指摘されて派遣元会社から解雇されることがあり、また契約期間満了前に、あるいは定年に達する以前に解雇されることがある。
 労働者の能力が労働に必要不可欠な能力の程度に至っていないことは、よくあることである。新入社員の多くは、このような状態にあろう。最初から完成品の能力を求めるヘッド・ハンティングの場合と高卒や大卒の採用の場合とでは、要求される能力には大差があろう。後者の場合には、会社がその能力の向上を会社の業務として行うべきであるからである。能力不足を言う以上は、能力不足を客観的な事実によって語ることが出来なくてはならない。注意すべきは多数の凡庸の中の非凡である。非凡な有能者が能力不足だと言って、排斥されるようなことはあってはならない。
 有能な非凡を能力不足と判断する評価者は、評価者としては、凡庸で能力不足であろう。ここで述べていることは、解雇の問題のみならず、人事上の処遇(昇給、昇格、降給、降格)にも関係することである。解雇を安易に行う会社は、人事上の処遇も上手くできないであろう。
 高卒を大卒と偽ったばかりでなく、化学分析どころか、フラスコやビーカーの扱いすら分からない労働者の解雇は、有効だとしか言いようがない。
経歴が立派なので、仕事が出来る人物だと見込み違いをすることもあろう。見込み違いをした者も能力不足だと言われても致し方ないが、用意した部長職を全くといってよい程にこなすことが出来ないヘッド・ハンティングされた者の解雇も、有効だと言えるだろう。
 営業職で採用された者が、半年間契約することが出来なかったとしても、新入社員ならば、解雇は無効である。これに対して、長年他社において営業に従事したことがある社員で新入社員でもある場合には、無効だと言うのは難しいだろう。
 時代の変化だろうか。個別紛争事例だが、キャバクラに勤務する女性の能力不足による解雇事例に出くわしたことがある。よくもこんな商売するなあ、よくもこんな所で働くなあと思いますよ。保佐人だと称して「ひも」が長広舌。会社の話も、聞くに堪えない。「お前ら帰れ」と言ったら、殴られそうになった。どっかの首相が「人生いろいろ、会社もいろいろ」と言ってたが、本当だと思いました。平静になって考えれば、能力不足にもいろいろあることに気づくのである。
 最後に言っておきたいのは、能力だ、実績だと一般的に強調する社会は、下り坂の社会だということである。宴会が大得意というのも立派な能力で評価されたが、このような特殊能力は今では評価されない。上り坂の時代では、無能な社長でも立派に見えた。能力は自己研鑚によって維持し、向上させるよう努力せねばならない。現代では、これは労働者の義務と言ってもよいのです。能力不足だなどと言われないようにしてください。