錚吾労働法

一二四回 懲戒事由ある場合の普通解雇
 労働者の行為が就業規則所定の懲戒解雇の事由に該当する場合に、労働者本人の将来を考えて懲戒解雇とはせずに普通解雇にするとか、懲戒事由となった労働者の行為が会社の社会的信用失墜をも招く惧れがあるため敢えて普通解雇を選択するとかのことがある。また、懲戒解雇を選択せずに、罪一等を減じて降格処分にとどめたり、自主退職を確約させたうえで諭旨退職としたり、あるいは自主退職を確約させて停職処分にしたりすることがあろう。
 懲戒処分権者たる使用者が懲戒解雇相当の労働者のために有利に扱おうとしてするこれらは、有効である。もっとも、懲戒解雇に代えて普通解雇を選択するとしても、それ自体に懲戒の意図があっても差し支えない。懲戒の意図のある普通解雇は、普通解雇の要件を満たしておればよく、懲戒解雇の要件を求められるのではない(高知放送事件・最判昭和52・1・31)。
 問題となった労働者の行為が、就業規則では懲戒解雇に相当するが、労働協約では普通解雇に相当するとされている場合もあろう。この場合、普通解雇の意思表示は有効であろう(長野電鉄事件・東京高判昭和41・7・30)。労働協約の定めは、使用者が一方的に定める就業規則よりは、職場規範としての妥当性を有するものである。従って、労働協約の適用を優先すべきである。
 懲戒解雇の意思表示をしたが、これを取り消して後日普通解雇の意思表示をする場合に、普通解雇の日付を懲戒解雇の日付とすることは可能であろうか。この問題は、普通解雇の意思表示の効力を懲戒解雇の意思表示の時点にまで遡及させることの可否の問題である。昭和40年頃に、労働者の不利益を及ぼすわけではないとの理由で、遡及させても良いとの判例があった(山陽電気軌道事件・広島高判昭和40・9・13)。このような判断は、意思表示理論から言って許し難い。意思表示の時点での有効・無効を判断すべきである。
 懲戒解雇してはみたが、会社側が被解雇者の怒りに恐怖を覚えることがある。労働者の行為は懲戒解雇相当であったにしても、普通解雇または自主退職でよいから、労働者を説得して欲しいというような内容の申立が使用者側からあることがある。ADRならではのことだが、この種の事件では、使用者側の恐怖を除去し、労働者を円満退職へと導くための説得に全力をあげることとなろう。
 懲戒解雇が無効であるとか、無効とされる可能性があるときに、普通解雇としてはなお有効といえるのではないか、という問題もあろう。意思表示の内容以外の内容を認めろと言われても、はいそうですかとはならない。これは、意思表示の転換を認めるかどうかという問題である。これを安易に認める訳には、まいらない。懲戒解雇と普通解雇は、別個の解雇であり、手続きも効果もことなっている。転換を認めてしまうと、両者の区別が曖昧となり、妥当とはいえない。