錚吾労働法

一八五回 労働時間と時間外労働④
 (3)1箇月を超え1年以内の変形労働時間(1年単位の変形労働時間制)
 (A) この変形労働時間制の許容条件は、使用者と過半数組合、過半数組合なき場合は過半数代表者とが書面協定に法所定の事項を定めることである。書面協定が整えば、使用者は、その労働者を「対象期間」を平均して1週40時間を越えない範囲内週にで、当協定で定める「特定された週」に1週40時間を越えて、「特定された日」に1日8時間を越えて労働させることができる(労基法32条の4①本文)。協定において定めるべき事項は、1号ないし5号所定の事項である。
 「本条の労働時間により労働させることができる労働者の範囲」(労基法32条の4①1号)
 労働者の範囲の定め方は、営業部営業課所属の全員、製造一課所属労働者という程度に労働者の範囲を指示すればよく、労働者名を具体的に書き並べるまでのことはない。労働者が変形労働時間制の労働を命じられることがあることを認識できる程度に、労働者の範囲が具体化されればよい。使用者が労働者に時間外労働を命ずるときは、個々の労働者を対象としなければならない。
 「対象期間」(労基法32条の4①2号)
 対象期間とは、本条の変形労働時間が行われる期間であって、1箇月を超え1年以内の期間である。Ⅰ箇月以内の期間で行われる変形労働時間制は、労基法32条の2①のさだめによるものであり、これとは区別されねばならない。
 「特定期間」(労基法32条の4①3号)
 特定期間とは、対象期間内の特に業務が繁忙な期間をいう。「特定」期間であるから、業務が繁忙な期間というような定めでは不足である。季節的な繫閑の差があれば、繁忙な季節を特定したり(例えば立春から2カ月間)、月日(何月何日から何月何日まで)を特定することでよい。1年間の繁忙の回数に応じて、特定期間の回数分を具体的に特定すれば足りる。
 「対象期間における労働日と当該労働日ごとの労働時間」(労基法32条の4①4号)
 対象期間と特定期間が定まれば、何月何日に何時間労働するかが定まるので、それを具体的に規定する必要がある。対象期間を1箇月以上の期間ごとに幾つかに区分する場合には、その「最初の期間」における労働日とその労働日ごとの労働時間を定めなければならない。また、最初の期間を除くそれぞれの期間における労働日数と総労働時間が規定されていなければならない。最初の期間とそれを除くそれぞれの期間における労働日数と労働時間数の定め方が異なるのは、最初の期間のそれが、各期間の平均的なものであれば、次の期間以降の各期間については、差し当たっては各期間の労働日毎の労働時間を定めなくても、総数的な定めで足りるという趣旨である。差し当たってのことだから、最初の期間を除く各期間の変形労働時間については、次の(B)で記述する手続に従って具体的に定めることになる。
 「その他構成労働省令で定める事項」(労基法32条の4①5号)
 労規則12条の4①の定めにあるように、その他厚生労働省令で定める事項とは、「有効期間の定めである」。書面による協定は、通常は有効期間の定めのある労働協約(労組法15条参照)ではないから、有効期間の定めがなされなければ、過半数代表組合または過半数代表者はいつでも協定を解消することができると解すべきである。それでは、変形労働時間制の根幹が崩壊してしまうので、有効期間の定めを置かねばならないとしたのである。
 (B) 最初の期間を除く各期間の変形労働時間制については差し当たって総数的に規定したに過ぎないから、各期間の変形労働時間制を展開するためには、各期間の初日の少なくとも30日前に、事業場に過半数組合がある場合はその組合、過半数組がない場合は過半数代表者の同意を得て、書面により(労規則12条の4②)、各期間の労働日数と各労働日ごとの労働時間を具体的に定めなければならない(労基法32条の4②)。これは、差し当りの総数的な定めを期間ごとに総数を超えないよう具体的に労働日と労働時間とを定めるということである。
 これは、きわめて迂遠なやり方だという気がしないではない。しかし、各期間の変形労働時間の運用を各期間ごとに労働者代表との合意に係らしめることが、労働者を変則的な労働の仕方に対する規制となり得ると考えたのであろう。1年単位の変形労働時間制は、長期にわたって個々の労働者に負担を強いるから、この規制策は必要である。ただ、この点に関しては、対象期間内の労働日総数などの規制をしておく方法をも併用している(労基法32条の4③)。それは、厚生労働大臣の規制権限の行使による方法である。大臣は、「労政審議会の意見」を聴取し、規制することができる。規制の対象は、次のとおりである。
 それは、対象期間における労働日数の限度、1日と1週間の労働時間の限度、特定期間における連続労働日数である。これらに関する規制の実際については、次の(C)において説明することとしたい。