錚吾労働法

六六回 原子炉事故と労働①
 3月11日の東北地方大地震とそれに伴って生じた原子炉事故は、人類が初めて経験する未曾有の大災害となってしまいました。放射線または放射能を有する物質が、かなり広範に飛散したと思われます。震災の被災者には、自宅への帰宅も出来ない方々がおられるでしょうし。「震災復興事業」として行われる筈の「瓦礫の後片付け」も、瓦礫が汚染されている可能性があり、慎重な放射線被曝測定がなされた後になされるべきでしょう。さっさとやってしまえと言う人もおられるかもしれませんが、慎重でなければなりません。原子炉事故現場においては、事故の進行を拡大させないための「過酷な労働」が行われています。
 原子炉事故の終息に向けての労働は、単に過酷であるというだけでなく、「被曝」の可能性が極高いものです。いかなる種類の放射線に被曝するかによって、人体への影響度は、同じではありません。3月11日以降に国民の耳朶に馴染んだ「シーベルト(Sv)」は、放射線防御の研究で著名なシーベルト(Sievert)氏の名に因む「被曝放射線量」を言い表わす単位で、以前はレム(rem)が使われていました。Svとremの関係は、次の通り。
「[1Sv=100rem=100,000mrem(ミリレム)」
 Svは、被曝線量を表わしますが、被曝の強さを表わしているのではありません。その強さは、毎時Sv(Sv/h シーベルト・パー・アワー)で表わします。ある物質(人間もここでは物質)に放射線が照射されても、その物質にそれを全部はね返す力があれば、被曝しません。被曝とは、従って、照射された放射線を物質が吸収するときに生じます。そして、照射される放射線に応じて吸収する放射線量が、異なります。これを、グレイ(Gy)と言います。人体が放射線を照射されたときに、「放射線の種類」(「X線」、「アルファー線」、「ガンマ線」、「ベータ線」、「中性子線」)によって、受ける影響が異なっています。それを、放射線荷重係数(Wr)と言います。シーベルト放射線荷重係数および吸収放射線量の間には、次の等式が成立するとされています。
 「Sv=Wr×Gy」
Wrは、放射線の種類によって異なりますが、次のとおりです。
 アルファー線、中性子100-2,000KeV、重原子核核分裂片が、20
 中性子10-100KeV,中性子2,000-20,000KeVが、      10
 中性子10KeV以下、中性子20,000KeV以上が        5 
 反跳陽子以外の陽子で20,000KeV以上のものが 5
 X線、ガンマ線などの光子、ベータ線ミューオンなど軽粒子が、 1
 自然環境中で人が年間に受ける放射線は、日本では平均1,5mSv(世界では平均2,4mSv)とされています。
 福島第一原子炉事故の応急作業従事者に適用されている被曝線量の上限は、250mSvとなっています。        

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六七回 原子炉事故と労働②
 250mSv。これは、福島の事故原子炉で働いている労働者が被曝する線量の上限とされる線量です。厚労省は、3月15日、省令改正により、事故原子炉での「緊急作業時」の限定して、体にうける放射線の被曝線量の限度を100mSv(規則7条2項1号)から250mSvに引き上げた旨公表した(「国際放射線防護委員会」は、緊急作業時の人命救助の際の被曝線量の限度を500mSvとしている)。平時における被曝限度は、5年間について100mSvを超えず、かつ年間50mSvを超えてはならないとされている(但し、「女性」については3カ月について5mSv、「妊娠中の女性」については出産までの間、1mSvないし2mSv)。
 「ベント作業」を行った労働者は、「タイべック」特殊な全身つなぎ服)とマスクを着用したが、約10分間で100mSv以上の放射線をあびたとされる(読売新聞3月16日)。この数値は、成人男性が1年間にあびる放射線量の100倍に相当する。現場では400mSvに達する線量を示す場所もあり、1号機のような古い原発では配管が複雑で身体の自由もままならない劣悪環境である。現場監督者の適切かつ迅速な労働者への指示によって、辛うじて作業が行われているようである。「時間管理」を間違えれば、健康破壊が生ずるであろう。
 過酷な労働を強いられる労働者への「安全配慮義務」は、事業者たる東電及び東電関連会社だけでなく、原子炉等規制法に基づき「ベント」を命じたり、「自衛官」を派遣している国、「消防士」を派遣している都などの自治体によって履行されなければならない。混乱の最中であるから、安全配慮義務の履行状況に不安が残る。原子炉から排出された放射性物質は広範に及んでおり、瓦礫などにも高濃度で付着しているところがある筈である。従って、自衛官、消防士、消防団、被災地企業の従業員などなどの「健康管理」も不可欠である。通常の健康管理とは違う健康管理が行われねばならない。そのための、「健康管理手帳」を、国の責任において早急に調製し、関係者に配布せねばならない。
 原子炉及びその近辺での労働に従事している者への、配慮が行き届いていない。「十分な睡眠を確保することができる施設」や「休憩地」への「ヘリコプターによる搬送」、栄養を考慮した「食事の供給」、毎日の「入浴や娯楽の提供」による「緊張の緩和」、「放射線量のカウント」、「医師による毎日の健康診断」と「労働者及び事業者に対する労働停止命令」などすべきことは、多々あるはずである。内閣も、「作業命令」を発する以上は、労働者に対する「配慮命令」をも同時に発してしかるべきであろう。発電送電事業は、典型的な公共事業体であり、経営者の苦労の少ない企業である。苦労の足りなさが、今回の作業の「バックアップ体制」の不備に端的に表れているように思われる。

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六八回 原子炉事故と労働③
 新聞などマスコミ各社が報道している原子炉及びその近辺での労働は、原子炉のこれ以上の暴走を鎮静化させようとする「英雄的労働」であって、まことに過酷な、未経験な労働です。自分の命を的にして戦う労働です。これらの労働に従事する人々は、官民、中央地方、東電関連非関連を問わず、労働が終わった後々までも、健康管理が行われ、観察されなければなりません。年金についても、特別貢献枠を設けて、老後の生活に不安の無いようにしなければなりません。政府は、これらを早期に纏め上げて法的手だてを講じなければなりません。
 当たり前のことですが、単なる日当で済ませてしまおうなどという魂胆でいてはなりません。東電の軽重は、単に事故を発生させたという点ばかりでなく、この点でも問われるのです。派遣、日雇いの労働者は、最早東電にとって経験豊富な労働者となっています。この際、正社員化宣言を発しなさい。労働法を自分たちで作りなさい。東電には、現場親方的な取締役がいない。いざとなれば、ひ弱さばかりが目立ってしまう。作業服と背広の意思疎通は、十分でなかった。この点は、早急に改善されねばならない。 
 この期に及んで、教科書や判例を頼りにしているようでは駄目である。特に原子炉やそこでの労働について知っている裁判官(「安全だと言った裁判官」は深く恥じなければならない)や労働法学者なんぞは、どこを探してもおりませんよ。こういう特別な作業環境での労働の専門家は、東電、東電の関連各社、原子炉労働者達であるに違いない。これらが、誤りない想定域範囲の広い労働の在り方を、緊急時の対応をも考慮して作り上げなければなりません。厚労省の被曝線量アップの措置は、厚労省の想定域の狭さを万天下の曝す結果となりました。そうせざるを得ないとはいえ、国の機関として恥ずかしいことです。
 大変だからといって、騙して働かせたり、嫌がってる者を働かせたりしては、いけない。勿論そんなことはあり得ないことであるが、疑っている者もいる。東電の帳簿上の日当単価が幾らかは知らないが、数次派遣の禁止を早急にすべきである。派遣業などという本来は中間搾取に当たるような業界を法認した国会責任は、追及されてしかるべきだ。自民党民主党も、この点では、同罪であろう。誰が[人入れ屋」を現代にタイムスリップさせたのか。これは、経済と労働法の下落の始まりであって、企業を興隆させるものではない。この事故を機に、派遣法制の是非について議論が活性化すればよいのだが。

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六九回 原子炉事故と労働④
 労働者の被曝は、確実に発生している。遺伝子レベルでの検診も、なされることとなろう。業務上の負傷または疾病についても、未だ確実な医学的知見が確立されていない被曝の程度をきちんと検討して、その存否が確定されねばならないであろう。労基法19条の解雇制限規定の適用に際しては、「療養のための休業期間」の長期化を計算しておかねばならない。「打切補償」の実行は、回避されるべきである。
 東電と政府とで「福島原子力発電所事故対策統合本部」を、3月15日に設置している。この本部が現地労働者に対する指揮権を有することは、海江田大臣の東京都消防隊員に対する[処分する」発言からすると、明らかであろう。東電プラス政府で、労働者に対する使用者たる地位を設定したのであろう。労基法81条の規定は、適用されてはならないと解する。
 労基法が全く想定していない事故であるから、この事故を原因とする負傷や疾病に無理やり労基法を適用するなどは、愚かなことであろう。労基法75条以下の災害補償の規定や、労災補償法7条の規定に関する行政指針の適否について、早急に検討すべきである。全くの新法でもって、対応するほうが良いのではないかとも思われる。是非、検討してみて欲しい。
 また、当然のことではあるが、原子炉運転を続けるのであれば、暴走をコントロールするための設備、機器及び器機の設置、保安要員、保安施設の充実、建屋設計の変更、原子炉設計基準の改良、耐震性の強化、避難指示権者の明確化などなど、それに先だってなさねばならないことが山積している。労働者の労働動作を考慮していない設計ではなかったかなど、反省材料は山とあるはずだ。